月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

キング&クイーン

日曜だというのに、ケネディは朝早くから吠え立てる。散歩に連れて行け、そのあとメシを食わせろ。人間の言葉にすれば、およそこんなところだろう。妻は隣で知らぬふりを決めこんでいる。仕方ない。彼女が昨日の夜、正確には今日が始まったばかりの頃に、突…

真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ

「良いお返事には楓を、良くないお返事には銀杏を、私に送ってくれますか」彼女はそう言って、燃えるような真っ赤な楓と、 黄金に染まった銀杏の葉を一枚ずつ、彼に渡した。彼がどんな顔をしていたのか、とても見ることはできなかった。ただ彼の指先を覚えて…

LiAR

「橘メグミちゃんで、”Hello, Tomorrow”でしたー!」司会に促され、フリルだらけのピンク色の衣装をまとった私は、両手でマイクを握りながら深々と頭を下げて「ありがとうございました」と言う。それから一呼吸おいて笑顔を振りまき、お客さんに手を振りなが…

THE DAY

「明日地球が終わるとしたら?」卒業文集にありがちな質問。みんなは、持っているお金を全部使って遊ぶとか、おいしいものをいっぱい食べるとか、むしろ現実離れしたことを書いていた。明日地球が終わるという日に、誰があなたのために遊ばせてくれるのだろ…

オー!リバル

頭が悪いやつとか、舌がバカなやつとか、とかく「足りない」やつらのおかげで、世の中は面倒になる。電話お悩み相談センターで相談相手として勤務して5年、それを痛感する。 カリフラワーから電話がかかってきたことがあった。こちらが受話器をとり、マニュ…

ワン・ウーマン・ショー ~甘い幻~

ガットギターをかき鳴らし、髪を振り乱す彼を見つめていた。ドレスの裾から伸びる脚と、まっすぐに伸ばした腕は、誰に向けていたのだろう。みんなは、彼と私を待ちわびてくれる。私たちの演奏のために、ここに足を運んでくれる。 彼が奏で、私が踊る。それだ…

俺たちのセレブレーション

「レオナルドに感謝だよ」と呟いた。ぼくの呟きは、草の根に吸い込まれていく。河川敷の芝生に座るぼくの目の前では、数世代前のテレビドラマに出てくるような大きくて赤い夕陽が、川面をキラキラと照らしていた。 「ダ・ヴィンチのことをレオナルドって呼ぶ…

東京デスティニー

田舎者に限って、覚えたての地名や道の名前をやたらと口に出したがる。いま目の前に座っている男もそうだ。口説きたい女なのか、惚れさせたい女なのか、こんな得体の知れないバーにやって来て、得意げに何かを話している。女を連れて行くなら、もっと気の利…

青春花道

卒業式の朝は、いつもより静かだ。節目というよそよそしさが、わたしをそうさせるのか。朝のニュースのアナウンサーは普段より小声でしゃべり、大通りを走り抜ける通勤の車も少しだけ速度を落としているようだ。青の絵の具が足りなくなって懸命に水で引き伸…

瞬く星の下で

いくらかの視界を残すための隙間以外、身体の全てを金属で覆った兜を外すと、そこには幼い頃と変わらない碧い瞳があった。幾日と続く戦場をくぐり抜けてきた彼の頬は、土埃ですすけている。右手に携えた槍の先端は、先の戦場で半分折れた。 「ふー」と、彼は…

カゲボウシ

「青春」ということばに、わたしは男の子を感じる。周りの友だちからは「なんで?」と言われた。青春に男も女もないでしょ、と。たしかにそうなんだけど、わたしはそのことばに、年頃の男の子が鏡の前でヘアワックスの使い方を練習したり、放課後に声を枯ら…

2012Spark

曇天のサーキットに、甲高いエンジン音がこだまする。一台、また一台。彼の乗ったマシンは、まだ現れない。それは彼にとって望ましいことではない。順位をひとつでも上げてゴールすること、それがチームにおいてのドライバーの役割だ。ほとんどそれだけと言…

ゆきのいろ

そのシロクマは、迷っている。「もう少し北か、いや西か、その間ぐらいかもしれない」そんな風に、においや景色の記憶を頼りに、シロクマはふるさとの北極へ戻ろうとしている。 半年前、溶け出した氷が決定的な音を立てて割れ、シロクマを乗せたまま海を漂い…

ワンモアタイム

たしかにあの店のラーメンは、もう一度食べたかった。 「自分たちのルーツをたどるツアー」と題し、昔からの男友達三人で、故郷を旅行者気分で回ることにした。「30歳になる前に何かしよう」とグループLINEで盛り上がった話の流れだ。久しぶりに、自分たちが…

EXIT

世界には上り坂と下り坂、どちらが多い? そんななぞなぞがある。どちらも同じ、が正解だ。どちらかから下れば、どちらかからは上ることになるから。入口と出口も同じような関係だろう。どこかに入っては、必ず出て行く、その繰り返し。だけど、僕の人生に限…

君は100%

摘むのは老爺の、選り分けるのは老婆の、食べるのは幼子の役目。それがバレンシアの掟、オレンジ農家の伝統。世界でいちばん青くて高い空の下、その丘の上で、何十年も前の初恋を今に連れて来た風に吹かれ、鼻歌交じりの老爺は脚立にのぼり、ひとつひとつ丁…

瞳の奥をのぞかせて

今は夜です。貴方は仕事が終わった頃かもしれない。お疲れさま。 あの日、貴方が眠ったあと、貴方の背中に文字を書いていました。ネイルをしていなかったことに気付いてくれなかった私の指で。きっと、私がいつも貴方の後に眠りについていたことも知らないの…

アニマロッサ

毎年この時期は、SNSがざわめき、テレビ画面が色めく。去年、部活の先輩たちが派手な着物やドレスの格好の写真をSNSに大量にアップし、ハタチになったことの感想や意気込みや、親への感謝をつづっていたことには少し閉口したし、ニュース映像に映されるどこ…

この胸を、愛を射よ

「歳をとったキューピッドはキューピッドなのか。多くの哲学者たちが挑んでは、その度に議論が紛糾してきた難問です。今回、FGN放送局では、数名のキューピッドのみなさんにお越しいただき、実際にこの問題についての所見をうかがうことに成功しました。どう…

今宵、月が見えずとも

「ごめんな」と言われた。幸せにできなくて、と。 別れ話をした帰りの電車は、どこか舞台めいて見える。人もまばらな23時の電車に、わたしは一番不幸な役を演じるのだろうか。虚ろな目でスマホの画面を追っているわたしの斜め前のサラリーマンは、こんな風に…

Love, too Death, too

「世界中の富を集中させた1930年代のアメリカに、こんな牧歌的な風景が広がっているとはね」と、イギリスからやってくる彼女の親族がよく言ったものだ。 一面に広がる草原の中で、数頭の馬と羊が草を食み、チチチと鳥が鳴き交わす声以外には、シロツメクサを…

ギフト

この時期は本当に忙しい。店内にはオルゴールのクリスマスソングが流れ、フロアのあちこちにクリスマスツリーが飾り付けられるこのシーズン。はじめの数日は新鮮味があって少し気持ちが浮き立ったサンタ帽も、何週間もつけていると飽き飽きしてくる。心なし…

痛い立ち位置

金の万年筆を片手に、金縁の眼鏡をかけた水田社長は、社長室で全盛期比40%の頭髪を撫でながら「参ったな」と呟いた。そこに軽やかなノックの音が聞こえ、横田秘書が部屋へ入ってきた。 「失礼します、社長。先月我が社がリリースいたしました新車種について…

あなたがここにいたら

「ねえ、もう少しだけ話してもいい?」と彼女は言った。「もう少しだけ声が聞きたいから」そう言いながら、彼女の声は少し眠そうだった。もちろんいいよ、と僕は答えた。それから「でも声が眠そうだけど。明日というか今日の朝も早いんだろ?」と付け足した…

リンク

僕はパソコンを開いて待つ。もうすぐ時間だ。外では聞きなれない声の鳥が、えさを啄ばんでいるのか、せわしく鳴いている。 静かな着信音。僕は受話器のアイコンをクリックして通話に出る。 「もしもーし」ややあって、彼女の声が聞こえてきた。ネット通話の…

Winding Road

茫漠とした砂漠を思わせる国際線のターミナルには、まだそれほど多くの人はいないようだった。 「パスポート持った?航空券も、大丈夫?」僕の右手を握った彼女が問いかける。薄茶色の混じったミドルの髪。左頬にある3mmほどのホクロ。 「大丈夫、完璧」パス…

ハネウマライダー

「笹の葉で一からつくったAI「タケチくん」の調子はどうですか。 今野 2048年元旦」 今野くんから、こんな年賀状が来た。彼は今どこにいるのだろう。 とにかくこのAIについて言えば、調子はいい。この数ヶ月、僕は改めて今野くんの天才性を感じている。タケ…

DON'T CALL ME CRAZY

夢にジャスティン・ビーバーが出てきた。理由はわからない。思い当たる節はない。私は基本的に、彼のことが好きではない。欧米青年の悪い部分を濃縮して具現化させたような感じがする。もっと言えば、彼のことを好きな女性ファンのことがもっと好きではない…

ジョバイロ

わたしがスタバに通うのは、オシャレに見せたいからとか、その空間に酔っているからとか、そういう理由からじゃない。佐山さん―わたしに新作ラテを渡してくれたあの人の笑顔を見てから、わたしはスタバに通うようになった。 もともとわたしは、カフェみたい…

NaNaNaサマーガール

フリルのついた真っ白なビキニを着た彼女が、リビングでソワソワしている。ソファに座り、テレビのリモコンをとってスイッチを入れたかと思うとすぐに消し、手近にあったファッション雑誌を数ページだけめくって放り出し、少し歩きまわって床に落ちているゴ…