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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

その1-5(チェスキークルムロフ)

そうして店を出た。さあ、気を取り直して観光をしよう。店さえ出れば、周りには私の醜態のことなど露ほども知らない人間ばかりだ。

これから目指すべき場所はおよそ2箇所しかない。ひとつは最大の目玉、クルムロフ城。そしてもうひとつは聖ビート教会だ。とはいえ、教会のほうは特に誰からもプッシュされてはいなかったし観光客も特に入っている感じではなかったが、はじめに見たときは私はこの聖ビート教会をクルムロフ城だと思っていた。町が山なりの地形のせいで城がこの建物に隠れていたのだ。

そんなわけで、私は半ば悔しさを晴らす目的もあって教会に入った。外とは違う圧倒的な静けさ、静謐さ。薄暗いが、存在感はある。聖という字がぴったりだ。私のような普段なかなか宗教にかかわらない人間にとって、教会のこのような厳かな雰囲気にはいつもと違うドキドキを感じる。

呼吸をいつもより鮮明に聞いた。鼓動をいつもよりも近くに感じた。

教会を出て、いよいよ城へ上る。城への道は一本の石畳で、たくさんのおみやげ屋さんが立ち並ぶ。

曇り空、枯れた木々、灰色の石畳。これほどに中世の城にふさわしい条件はない。寒かったし、石畳は相変わらずじわじわと足腰を攻撃してくるが、私は完全にロマンの中に浸っていた。

なおも上る。少しずつ高くなる。視界も少しずつ開けてくる。たくさん見えて、たくさん見下ろすようになる。石畳が見える。紋章が見える。クルムロフ城を飾る紋章だろうか。道にはまだまだ雪も残っている。石造りの城がいっそう寒さを引き立たせる。

それでも上っていちばん景色のいいところまで来ると、この景色を「焼き付けたい」と心から願える美しい景色が広がった。

やはり灰色の空、白銀の大地。石畳も顔をのぞかせる。黄色がかったやさしい色合いの家々の屋根は赤い。そこを悠々とモルダウ川が流れる。

この地をかつて支配した王様は、かつてこの城に暮らした王様は、この景色を見ながらどんな風に朝を迎え、昼を過ごし、夜眠ったのだろう。かつてのそのときから、この町はどれほど変わらずにこの美しい町並みをとどめてきたのだろうか。

デジカメのシャッターを何度も切ったけれでも、カメラから目を離すたびに、この鮮やかさは自分の瞳でしか捉えられないと思った。なんとかならないものかと角度を変え、場所を変え、被写体を変えたけれども、その思いは変わらなかった。

 

今日も早くにホテルに戻る。話し相手もいるわけでなし、自分の満足するまで景色を楽しみ、さっきとは違った道で帰ってみようと河沿いを通ってホテルまで帰る。夕食は、先のショックを引きずっているあまり、いらないと思った。

ホテルの部屋は近代的でこぎれいにしてある。近代的といっても、建物自体は木造であたたかみがあってかわいいなと感じる。

枕もとに”Good Night”と包み紙に書いてあるチョコがあった。「お、いいサービスだ。うれしい」と思いながら躊躇なく口に運ぶと、ミントの香りが強烈に香るたいへんおいしくないチョコだった。歯磨き粉のような役割を果たすのか、これは。しかし、だったら私は歯磨きをするぞ。君もするだろう。なんなんだこれは。グッドナイトが聞いてあきれると思いつつ、暇だったので再び外に出た。そういえばホテルの周りを散策していなかったのだ。

近くには公園のようなものがあり遊具らしきものも設置してあったが、あたり一面雪で覆われており人はいなかった。そういえば、城のほうを歩いているときにも感じていたが、大人はそうでもないが子どもはずいぶんと奇異なものを見つめる目で私を見る。「フフフ、肌の黄色いやつは初めて見たか」と心の中でつぶやきつつ、そういえば自分は初めて外国人を見たときどんな風に感じていたんだろうと考えていた。

あー寒い寒いとひとりでつぶやきながら、ごはんも食べずにひとりでシャワーを浴びてひとりで寝た。ひとりでツアーに申し込んだのだから当然だが、複数人で旅行するというのはどんなだろう、と思わないでもなかった。華麗なレースの刺繍が入ったベッドが素敵な夜だった。

翌朝、朝食は6時半からということだったが、5時ごろには目が覚めたので外に出てみた。まだ暗くて寒い。しかし、誰もいない道を、道端に積もった雪をさくさくと踏みながら歩いていくのは普段なかなかできない贅沢だった。聖ビート教会が下からぼやっとライトで照らされ、荘厳さが増して見えた。

さて、朝食だ。こぎれいな食事室に私たちツアー客だけの、これまた贅沢な時間。思い出したくはないが、昨日の私の惨劇を知っている女の子も、いる。プラハのホテルと内容はほとんど変わらず、パンやハム、サラダやジュースが数種類ずつあった。どれもおいしくて満足した。みんなも朝ということでさほどテンションが上がっていないのか、全体的に静かなので、ひとりで食べていても全く問題はなかった。自分のペースでしっかり食べてしっかり堪能して部屋に戻った。

 

 

チェスキークルムロフ考:世界遺産にふさわしい、おとぎのようなかわいい町だ。町を散策するには1日もあればよさそうだ。城からは美しい景色を見ることができる。おみやげやさんも豊富である。ただし、くれぐれもキャッシュに余裕を持って訪れるようにしていただきたい。