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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

その1-6(メルク修道院、ウィーン)

これからはオーストリア、ウィーンへ向かう。途中にメルク修道院に寄ってからウィーンだ。バスに乗り込む直前にドナウを見ると、聖ビート教会が映っていた。私は水面に映る「逆さ~」が本体よりも好きなので、いたく感動した。

メルク修道院への道は、チェスキークルムロフに来たときと同じような田舎道だった。枯れた木々が道路を囲み、その道の端に白い雪が積もっている。何もない雪原が続いていることもあり、日本の都市での生活しか知らない私にとって、とても贅沢な土地の使い方に思えてうらやましかった。

さて、チェコからオーストリアへと、国境をまたぐことになるのだが、ここはEU圏内。つまり税関も何もないのだ。知ってはいたが本当に何もなく、かつての検問所が所在なげに建っているところ意外は、普通の道を通っているのと何も変わらない。ボーダレス化を実感した。

そして修道院に到着。メルク修道院は外壁がやわらかい黄色に塗られた建物だった。曇り空と積もった雪の中で、その建物だけが温かみを帯びていた。2階に上がっていく。廊下にはかつての王様の肖像がずらっと並んでいて、世界史の授業で聞いた覚えのある人物もいたので私はひとりで「オゥオゥ」とテンションを上げていた。写真も少し撮った(フラッシュはたいていない)。

天井画も、そういったものは生で初めて見たので感動した。そしてなにより、説教場というのだろうか、牧師さんがいて市民も来て賛美歌を歌ったりお祈りを捧げたりする広間が、キラキラの非常に豪華なつくりになっていた。そこだけ、他の空間とは別の、なにか特別な光が射しているかのようだった。

改めて1階に下りてみると、なにやらチャイムが鳴る。するとどうだろう。部屋から子ども達が出てくるではないか。私たちが入ったような教会本体のような部分とはまた別に、1階は学校として使われているのだ。ロマンチックな感じもするし、どこで走り回ったりするのだろうという感じもする。運動場のようなものは見当たらない。一般的な学校とは少し違うのかもしれない。

 

おみやげを買って、ウィーンへ入っていく。市内に着いたのは13時ごろだ。プラハの古い建物にはドッシリした印象を持ったのに対し、ウィーンの建物は繊細優美な感じがした。高校のときにギリシャ建築様式をいくつか習ったのだが、プラハはドーリア、ウィーンはコリントだと感じていた。

ツアーの行程表の中で唯一、この日のお昼ごはんだけみんなそろってお店に入って、名物のヴィンナーシュニッツェルを食べることになっていて、20人ぐらいでガイドさんを先頭にぞろぞろと店に入っていった。寒いし腹へってるから早く着かないかなと思いながらも、新たなヨーロッパの町並みに心が躍っていた。ヴィンナーシュニッツェルは薄い豚肉を揚げているもので、おいしかった。

昼食を終え、再びバスに乗ってシェーンブルン宮殿に向かう。恥ずかしながら、私はこの建築物に見覚えも聞き覚えもなかったが、かつてのオーストリア帝国を物語る上で欠かせない有名なもののようで、実際に観光客もかなりたくさんいた。宮殿そのものも、その土地といい庭といい、非常に大きくて当時の王の権力を感じられた。

私が何より感動したのは、宮殿内に飾ってあるマリア・テレジア女王の本物の肖像画を見られたことだ。たくさんの子ども、後の王になるヨーゼフ2世やフランス革命時に有名になるマリー・アントワネットらに囲まれて彼女がふくよかな体をたたえている、世界史の教科書に必ずといっていいほど載っているあの肖像画である。本物はかなり大きかったが、見た目は写真で見ていたものと(当然ながら)変わらないので不思議な感じがした。別にこれが本物でなくてもいいのではないか、というような変な感覚だ。

他にもここは、ナポレオン戦争後の荒廃したヨーロッパを立て直すために開かれたウィーン会議が開かれた場所で、冷戦期におけるひとつのハイライト、ケネディ・フルシチョフ会議がおこなわれたのもここらしい。メルク修道院もそうだったが、かつての栄華を残すままではなく、昔の建物も使うべきところは使い、「遺跡」にしてしまわないことも良いと感じた。現在この宮殿は、上階部分が国家公務員の部屋になっているらしい。そして他の部分が、一般公開というわけだ。

また、広い庭では一般市民がランニングしている姿もしばしば見られ、自転車も車も通らないこの場所が本当に多様な形でウィーンを支えてきていることがわかった。

ここでの時間があまり長くなく、庭園の見学がほとんどできなかったのが残念だった。宮殿を後にし、市内のリンク(ロータリーのようなもの)を回って、市庁舎に向かった。明日は各自の自由行動になるのだが、ここは見逃して欲しくないスポットのようだ。左右対称のつくりで建てられた市庁舎は、ゴシック様式だろうか、天を突き刺すかのような屋根に、教会を思わせる窓ガラスの配置があり、「ここまでも美しいか、ウィーンよ」と思った。

だって、私の地元の市庁舎なんてコンクリート造りの平凡な建物で、時々よくわからない垂れ幕やポスターがかかっているだけで、一言で言うと「全然おもしろくない」。まぁいいが。

ちなみにその市庁舎の横には国会議事堂があり、それはギリシア様式で建てられている。正面に立つ女神アテナも凛として美しい。民主政治の礎はギリシアにあり、ということだそうだ。

そして、市内から車で15分程度はなれた場所にあるホテルに向かった。外見も内部も基本的には普通のホテルだが、部屋が妙にアパートの一室っぽい。キッチンもあった。石けんやシャンプーの匂いが少しきつかった。明日は朝から昼までは自由行動となっており、あらかじめタクシーを予約しておくことが勧められている。ここはフロントの方に頼もう。

・・・うーん、わかってくれているんだろうか。自分の英語力もそんなに自信を持てるほどのものではないから、相手の理解力が悪いのか自分の英語力が足りないのかがわからない。ひとまず、「じゃあ明日の朝8時に、クレジットカードを使えるタクシーに来てもらうように手配しておきます」というところには漕ぎついた、と思った。あとは悩んでいても仕方がないし、自身の英語力を嘆いても手遅れだ。寝よう。私はここに来て、ものすごく早寝早起きになっている。