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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

3500字小説(オープンテラスに祝杯を)

オープンテラスに祝杯を

 

表参道に立ち並ぶケヤキが青々と繁っていた。僕らはその並木沿いにあるオープンカフェに入った。

気取った身なりをして気取った香りをさせた気取った人々が、気取った姿勢で気取った口調を操って他愛のない話をしている。

 

「久しぶりね」

「ほんとに、久しぶりだ」

「何年ぶり? 4年ぶりよね、たしか」

「うん、そうだね。正確には4年4ヶ月ぶり。前回会ったのは4年前の1月だから。元気だった?」

「おかしいのね。ちゃんと電話はしてたじゃない。変わらず元気よ。あなたは?」

「うん、僕も元気だよ。絶好調とはいかないまでも。君に会えてよかった」

「私もよ。こうやってふたりで過ごせることってなかなかないから本当に嬉しい。あー、いい風が吹くのね。オープンテラスっていうのも最高じゃない?」

「そうだね、オープンテラス自体は最高だ。でも、表参道はダメだね。自意識過剰を区域全体で体現してしまってるじゃないか」

「そんなことないわよ。いいじゃない、スタイリッシュでオシャレな町。こういうところに憧れるわ。でも、たしかにあなたがこんなところを選ぶの珍しいわね。そうよ、あなたがここを指定したんじゃない?」

 

彼女が静かに笑う。彼女の笑顔を見るのなんて、何年ぶりだろう。

もちろん、4年4ヶ月ぶりだ。前回僕が彼女の笑顔を見たのは、4年前の1月。

 

店員が注文したコーヒーを持ってくる。

コーヒーを一口すすって、僕は答える。

「まぁね。たまにはこういうところもいいんじゃないかと思って。経験だよ」

「でも、もうこりごり?」

「正直言うとね。でも、君が来たいのなら時々は付き合うよ」

「あら、毎回付き合ってよ」

「えー、友だちと行けばいいじゃないか」

「冷たいのね。4年ぶりに再会した恋人の誘いを断ることないのに」

「他にも行くべきところはたくさんあるさ。連れて行ってあげたい場所も山ほどある」

「すごいじゃない。とっておきの穴場を知ってるのね?」

「いや、知らないよ」

「じゃあ、雑誌でもチェックしたの?」

「してないよ」

「じゃあ、何を知ってるの?」

「何も知らないよ。将来きっとそうなるよっていうことを今言ってるんだ」

「なんだ、期待して損しちゃった」

 

彼女は口を尖らせる。それからコーヒーの香りに目を細める。あるいは風を感じているのかもしれない。

 

「いいにおいだね、コーヒー」

「ええ、ホントに。挽きたてっていう感じがするわ」

「ちゃんと調べたんだぜ。ここはコーヒーのおいしいカフェなんだ」

「そうなの? 私がコーヒー好きだから?」

「もちろん。僕はあんまりコーヒーのことはよくわからないけど、君は好きだものね」

「嬉しいわ。しかもオープンテラス。素晴らしいわ。星3つ」

「気に入ってもらえたならよかった」

「おいしいコーヒーにオシャレなお店。隣にはあなた。幸せよ。ホントのところ、すっごくさびしかったんだから」

「僕もだよ。それに、こんなに間が空くとは思わなかった」

「そうね。4年よ。しかも4年前も今年もうるう年だったじゃない? 普通よりも2日も多く待たなくちゃいけなかったの。カレンダーが憎らしかったわ。いつもなら28の次には1が来てるのにって」

「仕方ないさ、そう決まってるんだ。それに、うるう年にはオリンピックがあるよ」

「オリンピックよりもあなたといるほうが楽しいわ。ねぇ、なんで4年に1度、1日だけ多くなるの?」

「世界中の恋人たちが地球を急かすからだよ」

「急かすって?」

「僕は君に会いたかった」

「私もよ」

「早く時間が過ぎればいいと思った」

「私も。私がカレンダーをめくった分だけ日付が進めばいいのにと思ったわ」

「それは僕たちだけじゃない。世界中の恋人たちが、デートを終えるたびに次のデートを待ちわびてカレンダーをにらむんだ」

「私たちほど時間が過ぎるのを待ちわびたカップルはいないと思うわ。4年よ、4年」

「どうだろう。気持ちは目に見えないからね。自分たちだけは、って思うことがいちばん普遍なんだよ」

「冷めてるわね」

「君に注ぐ情熱の分だけね」

「あら素敵」

「そうやって、世界中の恋人たちが地球を急かすんだ。早く回れ、早く回れって」

「なるほどね」

「その力は強いよ。数も多いし、質も高い。人智を超えた力が働くよね。みんなが世界中のいたるところで引っ切り無しに時間よ過ぎろって祈ってるんだからさ」

「でも、時間よ過ぎるな、って願う人だっているわ。現に今の私がそうだし」

「まぁね。でもその願いのほうが弱くて散発的だ。楽しい時間や幸せな時間を過ごしているときって、その気持ちに浸るので精一杯のことが多いだろう?」

「うーん、まぁ、そうかもね」

「うん、僕はきっとそうだと思う。だから、やっぱり地球は速く回らざるを得ないんだ。人間の圧力もなかなかのもんだよ」

「見直したわ。私もその一員だったと思うと何だか誇らしいわね」

「だけど、地球側としても人間の望むとおりに回ってばかりもいられない。どうあがいても、地球なんて広い広い宇宙の端っこにあるほんの小さな星のひとつに過ぎないからね。勝手に足並み乱してグルグル回るわけにもいかないんだ。だから4年に1度は、人間が不満なのは承知の上で日にちをひとつ多くする。宇宙の機嫌と地球人の顔色の両方を伺いながらの最善の妥協策がうるう年なんだよ」

「地球も大変なのね」

「そうだよ、だからあんまり強く言っちゃかわいそうだ。それに、オリンピックを開催してうるう年にも少しは花を持たせてやろうとしてる。なかなかよくやってるよ」

「そうね。わかったわ。でも、これは不満じゃなくて単なる疑問なんだけど、いつどこで誰がうるう年を決めたのかしら。地球と宇宙と地球人が相談しなくちゃ妥協案も成立しないわよね」

「いつ決まったんだろうね。うるう年の起源はよく知らないけど、世界にはいろいろな宗教とか土着の超存在がいて、まぁよく神と呼ばれる存在だよね。その超存在と交信する特殊な立場の人間も多く存在するよね。預言者といわれる人もその一部だし、シャーマンとかイタコとか霊能者とか。そういう特別な人たちが一堂に会して、地球と宇宙との交渉をおこなったんじゃないかな。今風に言うと、各国首脳会議みたいなものだよね」

「なんかかっこいいわね。でも、人間側も大変だったでしょうね。今まで相手にしたことのない超存在と交渉するっていうのは」

「うん、たくさんの犠牲者が出ただろうし、頭が爆発するぐらいみんなでいろいろ考えて話し合っただろうね」

「そう考えると、もう少しうるう年に敬意を表しても良かったような気もしてくるわ」

「まだ遅くないさ。これから大切にしていけばいい。それに、他にもうるう年には重要な役割がある。少なくとも僕たちにとってはね」

「なになに、盛りだくさんじゃない。うるう年のファンクラブに入ってしまいそうよ」

「この4年間。正確には4年と4ヶ月、きちんと僕たちはお互いを信じて待つことができたよね。2度のうるう日を越えて、僕らはふたりでここにいる」

「素敵なオープンカフェでおいしいコーヒーと一緒にね」

「そう、そして気に食わない表参道だ。そうやって、ものすごく遠まわしな方法ではあるけど僕らの信頼を確認しあえているんだよ。大事なことさ」

「私は信じていたわよ」

「僕もだよ、今さら言うことでもないだろう」

「私のこと好き?」

「好きだよ」

「私もあなたのことが好きよ」

「あのさ」

「なに?」

「この4年ぐらいずっと考えていたんだけど」

「じゃあ、この前私たちが会ってからずっと、ってことね?」

「そうなるね」

「うん、この4年間何を考えていたの?」

「君も僕も、なかなか素敵な名前を持っていると思う。」

「そうかしら?」

「うん。良い名字、良い名前だ」

「そうかもしれないわね。それで?」

「名字と名前の組み合わせって、意外と難しい。ただ名字と名前を組み合わせればいいってものじゃない。友だちの名字を自分の名字と入れ替えてみると、何だかちぐはぐだったりする。バランスや響きがしっくりこないんだよね」

「たしかにそう思ったことはあるわ」

「だろ? でもね、この4年間何度か考えて口に出したり書いたりしてみたけど、運が良いことに君の名字を僕の名字と取り替えてもうまくはまるんだ」

「バランスや響きがしっくりきたのね?」

「その通り。その通りなんだよ。どうだろう、これからは君も僕の名字を使ってみるといいんじゃないかな」

 

自意識過剰に気取った人々が行き交う表参道に、柔らかな木漏れ日が降り注いでいる。

 

コーヒーを一口すすって、彼女は言った。

「言いたいことがわかった気がするわ。つまり、ずいぶん長いプロポーズだったのね?」

「違うよ。今からプロポーズするんだ。僕と結婚しよう」