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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

その1-9(ブダペスト)

再びバスに乗り、3、4時間かけて最後の町、ハンガリーの首都ブダペストに向かう。さすがにバスに乗っているのも疲れたなと思いつつぼんやり外を見ていると、いまバスが走っているところは日が残っているがバスの向かう先には夜が訪れている。少し目を休ませたかったが、夕暮れと夜の境目を見つけたいと思ってずっと外を見続けていた。うすい橙の空と真っ黒い空、その間を藍色がグラデーションをかけて染めている。夜がこちらにやってきて、バスもまた夜に向かう。その交差の瞬間を見届けたかったのに、気づくと周りは濃い藍色に染まっていた。残念だと油断したときには空の藍色は黒に変わっており、それから少しして19時にブダペストに入った。

 

初めての町は夜に来ても何が何だかまるでわからない。史跡やドナウ河にかかる橋がライトアップされて綺麗だということしかわからなかった。

ホテルに到着し、部屋の鍵を渡される。こざっぱりして今まででいちばんモダンなところだったが、それにしても私ひとりに対してシングルベッド2台、ダブルベッド1台が置いてある二間つづきのバブルな部屋をあてがうとは旅行会社だかホテルだか、ちょっとイカれているとしか思えない。

普段そんな経験をしたことがないからどうしたらいいのかよく分からなくて不必要に部屋を行ったり来たりうろうろしていた。私もそろそろ大人なので「あ、いま不必要に部屋をうろうろしていたな。こういうところで育ちがバレるな」と身をもって実感したところで翌日に備えて寝た。

翌朝7時に朝ごはん。パンが2種類に減ったかわりに飲み物の種類が増えた。そうはいってもコーヒーのバリエーションが増えただけで、あまりコーヒーを飲まない私には何にも嬉しくない。ピーチジュースを飲んだ。

ここで生まれて初めてポリッジを食べた。おかゆみたいなものだけどおいしいものじゃないよ、ということをよく聞いていたが、うまいかうまくないかは自分で決めるからいっぺん食ってみてぇ、と育ちのバレる言葉遣いで思っていたので勇んで器に取り分けた。牛乳と砂糖で煮込んだ、といったところだろうか。麦のプチプチがたまに楽しい。たしかに味はおいしいと言えるほどのものではないが優しい甘さで、好きか嫌いかで言えば私は好きである。昼食や夕食にはちょっと頼りないこのポリッジ、朝ごはん向きだなと納得する。

また、今までのホテルにもあったが何となく手をつけていなかったヨーグルトも食べた。ヨーグルトの酸味に果物(あれは杏か?)の甘酸っぱさが合っていた。酸味勝ってるやないか、とお思いかもしれないがそんなことはないから大丈夫である。ジュースを飲み干したコップの底にはIKEAと書いてあり、IKEAのワールドワイドさを実感した。

さて、これからひとまずバスに乗り込んでみんなで観光である。ハンガリーってどんなところだろう。これといってイメージがない。ツアーパンフレットには、ここの観光地行きますよ、ということは書いてあったが、私は聞いたことのない場所ばかりで、そもそも力点はプラハとウィーンにあったからハンガリーの知識は皆無である。ハンガリー語は日本語に似てたりする、みたいなことを聞いたことがあるような気がする、というハイパーあいまいな情報だけを抱いてバスに乗り込んだ。

 

ご存知か。ブダペストは「ブダ地区」と「ペスト地区」に分かれているのだ。そのふたつを分かつのはもちろんドナウ河で、そのふたつをつなぐのは数本の橋である。そしてその最古のものが、観光名所のくさり橋というわけだ。

午前9時、バスはまず英雄広場に向かった。私たちのホテルはペスト地区にあり、英雄広場もペスト地区にある。途中に競技場が見える。これは人民競技場といって、サッカー好きの寄付で建てられた15万人収容の競技場らしい(そんなに入る競技場あるだろうかと思って、あとでインターネットで調べてみると5万人収容とあった。そりゃそうだろう、それにしても私はどこで何を聞いてたんだ)。ハンガリーNo.1スポーツはサッカーらしく、サッカー好きとしては嬉しい情報だった。

英雄広場に到着。私の知らない観光名所だが、第一印象としては「広い、高い」である。ここは万博の入口として造られたらしい。周りには高い建物や山などはなく、だだっ広い石のタイル広場にすっくと一本の柱がそびえ立っている。その上に、かつてのハンガリー国旗に使われた紋章と王冠らしき物を手にした誰かが立っている。

この日はよく晴れて空は澄んで高く、この一本の柱の高さがどれほど高いのかよく分からない、空を貫いているかのような印象があって私はいささか圧倒されていた。

温泉の湯気が広場の所々から立っていた(そういえば前にテレビでブダペストは温泉が有名だ、みたいなことは見たぞ!)。

再びバスに乗って、次はブダ地区へと移動する。英雄広場からはアンドラーシ通りという道が通っている。品の良さを感じる綺麗な通りだ。このあたりはウィーン、パリ、ロンドンのミックスだそうで、パリとロンドンは行ったことがないが、なんとなくうなずけた。傍らの何気ない建物が凝ったつくりでオシャレなのだ。さっきのサッカー贔屓もあり、少しずつブダペストへの期待値は高まっていく。

午前10時。ブダ地区のマーチャーシュ教会および漁夫の砦。このふたつも名所らしいが、何も知らなかった私は失礼千万にも「なんやねん、漁夫って」と思っていた。この後、私はここでひとりテンションがガンガンに上がることになる。

 

マーチャーシュ教会、漁夫の砦へは階段を上っていく。ふと振り返るとどうだろう。首都をブダ地区とペスト地区とに分かつドナウ河が見え、対岸には威風堂々と国会議事堂が建っている。

この国会議事堂に、私は完全にハートを射抜かれた。白く角ばった壁、極限まで細くなっている尖塔。もし何かの間違いで、世界のどこかの建築物に刺されなければならないとしたら、私はこの、ハンガリーの国会議事堂を選ぶ。限りなく意味のない想定だが。とにかくそれぐらいにこの建物はかっこよく、後から旅行中の写真を見返すと、国会議事堂の占める写真の枚数が当時の私の心拍数を雄弁に物語っているように思う。

ここも観光客でいっぱいだ。ガイドブックに書いてあったから何となく来た、みたいな人もこの中には大勢いるんだろう。無知なのは私だけではないはずだ。ここでしばし、各々が自由に景色を見たり写真を撮ったりする時間になる。

マーチャーシュ教会も尖塔の美しい建物だ。赤みのある屋根には模様も描かれている。真っ白な尖塔が突き刺す青空はうっすらと雲の引っかき傷を負っている。寒さも旅の序盤のチェコと比べてずいぶん和らいでいるし、全てが私をブダペスト贔屓にさせる。

教会のそばに一体の像がある。馬と、そこに騎乗する男の像である。この男の素性は聞き逃したが、重要なのは馬のほうだ。

よく見ると玉の部分が金色になっている。ハンガリーの迷信で、テストなどのなにか成功させたいことがあるときには、その前日だか当日だかに玉の部分を念入りに洗うと上手くいく、という男限定かつそれを聞いている男の私だって赤面するような話をガイドさんが説明してくれた。

先にも申したが、ツアーのほとんどは女の子。数組の女の子同士グループとカップルが二組に、私である。なぜかわからないが私が申し訳ない気持ちになった。たぶん、この話を引き受けるのは倫理的に自分しかいないと考えたからだと思う。

やるせない気持ちを引きずりながらバスに乗り込む。もう一度ペスト地区に渡って、聖イシュトヴァーン教会まで行った後に解散だ。今日も渡された地図と駅名を頼りに自分たちの力でホテルまで帰るのだ。そういえば、ドナウを航行する船上ディナープランもオプションでついていた。それに申し込んだ人は引率の人と一緒に帰る。

激烈に値段が高いわけではなかったが、ロマンチックでむせ返るクルージングディナー。ひとりで船に乗り込んで、ライトアップされたブダペストを見ながら食べる夕食が果たしてどれぐらいおいしいだろうかと思ったこともあり、私は申し込まなかった。たしか、カップルは片方か両方か、申し込んでいたみたいだった。そうだ、そういうことはカップルがしていればいいのだ。

聖イシュトヴァーン教会は、くさり橋の直線上にあり、高級ホテルも通り二つ分しか違わないところにあるため、観光の拠点とするのにふさわしいそうだ。個人の感覚だが、ウィーンのオペラ座もそんな感じがした。オペラ座を中心に、東西南北それぞれに見るべきものが点在していた気がする。