月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

その2-3(ロンドン)

翌朝。10ポンド払えば、下のレストランでビュッフェ形式の朝食を食べられるということだったので、とりあえず行ってみることにした。メイドさんの寝起きドッキリは免れた。

たしかに、部屋に持ってきてもらう朝食より品数は多いし、食べたいだけ食べられるが10ポンドは高い。やっぱり明日からは部屋で食べようという結論になった。ドッキリへの対抗策を考えねば・・・。

今日も良く晴れている。風もさわやかで、本当にありがたい。昨日は20時ごろまで日が沈まなかった。日本よりもはるかに緯度が高いことを実感する。

今日はロンドン観光の日だ。まずは電車でパディントン駅に向かう。確認するが、電車とはTubeのことだ。

パディントン駅はとても大きくて空港のようだった。迷彩服を着た軍人のような人がバケツを持って募金をしていたが、なんなのだろう。

この駅には、「くまのパディントン」像を見に来たのだが、それを示す標識や看板のようなものが見当たらない。広い構内を闇雲に歩き回るのはいやだったので、通りがかりの駅員に場所を聞いた。同じ地上階にあるということで、教えられたとおりに行ってみると、たしかにあった。

すぐ隣にはカフェがあって、あまりにもスポットライトを浴びていなかったのではじめは気がつかなかったが、たしかにあった。

服は着ていないが、アタッシュケース、丸くて平たい帽子、「Please look after this BEAR(このくまの面倒を見てやってください)」の札。私の幼い頃の記憶と完全に合致する。

小さい頃に、よくこの本を読んでいた。「暗黒の地ペルー」からやってきた彼が、パディントン駅で通りすがりの家族に引き取られていくところから物語は始まる。「リマの老ぐまホーム」には彼のおばあちゃんがいるのだが、とにかく彼は単身イギリスに渡ってきたのだ。パディントン駅で見つかったからパディントンと名づけられた。少しショッキングな始まり方ではあるが、幸先よく拾われていったためか、本を読んでいて悲壮感を感じることはなかったと思う。

楽しいお話ばかりで、外国語を翻訳した文章が持つ独特のリズムにも、この本を通じて知らず知らずのうちに慣れていったのだと思う。イギリスにはクリケットという競技があるらしい、というのもこの本で知ったし、結局クリケットの詳しいルールがわからないという点は今も昔も変わっていない。

そんな彼との対面だ。とても嬉しくて、記念写真も撮ってもらう。もう片方の友人は彼の存在さえ知らないらしく、私は耳を疑った。

なんとかわいそうな、とその友人を哀れみながら、像の隣にあるお土産屋さんに入る。パディントンの本はもちろん、手帳や文房具、トートバッグなど、見ているだけで楽しいものであふれている。

いくつかお土産を買い、南東に進む。ハイドパークを通って、バッキンガム宮殿、ウェストミンスター寺院へと進む心算だ。

ハイドパークまでは2、30分ぐらい歩いただろうか。ホテルがいくつか並んでいる少ししゃれた道だった。ブータンの大使館もあった気がする。

 

ハイドパークには、馬がいて鳥がいて人がいた。車も通らないではないが、人間も含め、動物が多かった。ヒトは、走ったり歩いたりデートしたりサッカーしたりしている。乗馬をしている人もいた。

池には水鳥がたくさんいたし、池の周囲の道ではカモがチョコチョコと歩いていた。彼らは人間を特に気にかけるわけでもないが、完全に人間の進路をふさいで闊歩するでもなく、共存の術を心得ているように見受けられた。

途中に水場があって、子ども達が遊んでいる。暑かったし、少し歩き疲れたので私もそこに足を浸した。思いのほか冷たくて、わりとすぐに上がったが大変気持ちよかった。

ハイドパークも大きかった。対角線上に歩いたからというのもあるだろうが、4、50分は歩いたんじゃないかと思う。しかし、公園を抜ければバッキンガム宮殿はすぐそこだ。

宮殿やその周囲はさすがに人が多かった。宮殿まで向かう道々、過去の戦没者を悼むモニュメントがあった。そこに書かれている多くの名前はインド人のものだった。また、少なくともそこにある数々の文言には、帝国主義時代の自らの行為に対する反省の色が伺えた。

バッキンガム宮殿は大きくて立派な宮殿だったが、私にはそれ以外の感想の持ちようがなかった。

 

次はウェストミンスター寺院だ。ところで、観光名所の近くにはお土産屋さんがたくさんある。バッキンガム宮殿から歩きながらお土産屋さんも少し見て回ったが、ロイヤルベビーに触れているお土産はほとんどなかった。かろうじて一軒だけマグカップを売っていたが、それぐらいだった。別に私はロイヤルベビーに対して愛着を持っていないし、お土産を買っていこうとも考えていなかったが、バッキンガム宮殿近くのお土産屋さんでロイヤルファミリーを全く推していないのは少し不思議に感じた。そんなものなんだろうか。

ウェストミンスター寺院はVictoria通りの近くにある。この通りは近代的に栄えていた。駅も改築していて、数年後はますますモダンになっているのだろう。

寺院は非常に高い建物だった。正面のイコン画が印象的だった。中には入っていない。

向かいには、近代的なオフィスビルも並ぶショッピングモールのような施設があり、非常に対照的だった。

そのモール内にあるイタリアンの店で昼食にする。はやっていて忙しそうだった。ナイフとフォークにも店名が彫ってあり、こだわりを感じた。また、メニューのいくつかに「v」やハートマークが添えられているものがある。前者はベジタリアン用、後者はローカロリーということらしい。ベジタリアンに対する心配りを日本では見かけたことがなかったので感動した。

昼食を終えて、再び歩く。ウェストミンスター修道院にも行った。ウロウロして、中に入るには有料らしいということで、お土産屋さんだけ見て次に向かった。ここにもたくさん人がいる。祝日ということもあったかもしれないが、やはりこの辺りに観光名所が固まっているのだ。

House of Parliament、イギリスの国会議場だ。人がたくさん並んでいる。中の見学ツアーがあるのかもしれない。興味はあったが並ぶのはやめた。

建物の前にはクロムウェルの像があった。その時、ちょうど国旗が掲揚されているところに出くわしたのだが、青空の下で風にたなめく国旗は堂々としていて、クロムウェルも誇らしげだった。

そして、隣にはビッグベンがある。中に入ってはいけないらしく、警備員がしっかりスタンバイしていた。しかし本当のところ、私はビッグベンのありがたみを知らない。なぜここが観光名所になっているのかよく知らないまま通り過ぎた。

ここはテムズ川のほとりとも言える位置で、川を挟んで斜め向かいには観覧車ロンドンアイが見える。ロンドンは新旧の融合が激しい街だ。

路上の簡単なお土産屋さんもいくつかあり、サッカープレミアリーグのいろいろなチームのユニフォームを販売していた。もちろん少しは魅力を感じたが、それぞれの町、それぞれのスタジアムで買うことに意義があるという確固たるポリシーのもと、店を冷やかすだけで通り過ぎた。ユニフォーム一着の金額はバカにならないという超現実的な理由も、もちろん、ある。

橋を渡りながら振り返ると見えるビッグベンと国会議場。このアングルは非常に有名だ。写真撮影をしている人もたくさんいた。

橋を渡ったテムズ川沿いの道は、アミューズメント区域のようだった。水族館があり、お化け屋敷があり、小さな遊園地がある。路上パフォーマンスも盛んで、ブレイクダンスを披露している男二人組もいたが、ダンスよりもしゃべりのほうが長かった。お金を稼ぐというのは本当に大変なことだ。

人も今までの比ではないぐらいいる。歩くことはできるが、かなり混雑しているのだ。前を歩く女の子のシャツの背中に「大日本帝国海軍」とあり、帝国旗も描かれていた。

 

ロンドンアイに乗るために並ぶ。けっこう日射しの強い日だったが、芝生の広場でくつろいでいる人を見たり、職権濫用の疑いさえある頻繁なパトカーのサイレンを聞いたりしているうちに自分たちの番になった。

西方を見下ろせば、先ほど自分たちが通ってきた場所を振り返ることができる。パディントン駅を出てハイドパークを抜け、バッキンガム宮殿、ウェストミンスター寺院のあと、国会議場を見て、すぐそこに見えるビッグベンを横目に茶色のテムズ川を渡ってきたのだった。

東には近代的な駅やビルが控えている。建設途中の建物も一つや二つではないようだ。

子ども達も大勢いるかごの中で、私もせわしく動き回ってはロンドンを360度見渡した。あっという間に一周してしまったが、不満な点を挙げるとすれば、かごの中は空調が効いておらず少し暑かったということである。

そのあとは前日の決定どおり、Hammersmith駅構内の寿司レストラン「wasabi」で各々好みの寿司パックを買ってホテルに戻った。

特に変り種はなかったし、味も問題なかった。友人は緑茶も買っていて、それもおいしかったらしい。