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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

その2-8(エディンバラ、ロンドン、大阪)

最終日の朝は霧雨に迎えられた。結局、エディンバラで青空を見ることはなかった。濃霧の(そして夢幻の)初日、降ったり止んだりの二日目、そして霧雨の最終日。

朝は、寮の近くにあるスウェーデンカフェ(!)に連れて行ってもらった。シェフだったかオーナーだったかがスウェーデン人で、エディンバラに住んではみたもののスウェーデン料理が無いじゃないか、ということでお店を建てたらしい。

友人と恩師は、頼んでもいないものばかり提供されるというお店側の派手なミスに翻弄されていたが、店内は北欧雑貨に囲まれた素敵な空間だった。

外国のトイレでは珍しくベビーチェンジング付きの個室が用意されているのもスウェーデン出身のオーナーだかシェフだかの気配りを感じられて良かったが、店内の一部が雨漏りしていてそこにはバケツが置いてあったので、屋根も早く直したほうがいいよなと思った。

食事を終え、電車が出るまでまだ少し時間があるのでScottish National Museumに入った。そこまで大きくはないが、クローン羊のドリーの剥製(本物ではないと思う)とか、原寸大のプロペラ飛行機がぶら下がっていたり、恐竜の化石も置いてあるし、宇宙服のヘルメットの部分に顔を入れて撮影もできる。とにかく何でも雑多にいろいろ取り揃えたおもしろいミュージアムだった。本当に時間がなくて、20分ぐらいしかいられなかったのでここにもまた来たいなと思う。

そうしていよいよ駅に向かう。すると、すれ違った外国人(私たちが外国人なのだが)の中年夫婦に声を掛けられた。なんと日本語を話している。しかも彼女らも観光客で、フィンランドから来たそうだ。日本語を話せるのは、妻のほうがかつて日本に住んでいた経験があるからだそうで、しかも滋賀というマニアックな(滋賀県民の皆さん、すみません)場所に住んでいたというのだ。夫のほうは、日本語はできないようだった。

軽く自己紹介をして、恩師のことを「高校時代の先生なのだ」と紹介すると日本語イケる妻のほうが「まぁ、お若いのに」と反応した。

恩師がここで勉強をしている理由がやっとわかってきた。

 

無事にロンドン行きの列車に乗り込み、恩師ともお別れだ。

帰りは、かなり長い間寝ていたせいもあって行きよりも時間が短く感じられた。ただ、途中で電車が何度か止まっては、音量の面でも口調の面でもボソボソと全然何を言っているのかわからない車内アナウンスをした挙句に、列車が反対方向に進み始めたときは車掌の気が狂ったかと思った。

 

ロンドンに着き、地下鉄を乗り継いでヒースロー空港まで行く。乗り換えももうお手の物だ。私は公共交通機関(特に乗り換え)は苦手だが、友人がこの手の方面には強くて助かった。

ヒースロー空港に着く。この空港、はじめに来たときはホテルにたどり着くことで頭がいっぱいだったからわからなかったが、かなり大きい。ターミナルが1~5まであるし、少なくともターミナル1には搭乗口が90以上ある。仁川空港はターミナルがひとつで、搭乗口が120ぐらいだったと思う。

搭乗口が多いということは、多くの利用客がいて多くの航空会社が離発着するということであり、様々な航空会社の飛行機を見られるのは楽しかった。今まで気がつかなかったが、およそ全ての飛行機の尾翼に国旗や国旗をあしらった模様が入っている。

アシアナ航空のブースに行ってチケット引取りの手続きをしていると、麻薬探知犬がやって来た。実際に麻薬探知犬を見るのは初めてだったが、係員からは普通になでられたりしてかわいがられていた。物質的な治安維持と、ストレスの溜まっている係員たちの精神面の治安も維持する重要な存在なのだ。

私たちは何の問題もなくチケットを受け取れたが、そのあとのひとり、パスポートとそのコピーを何枚も持った彼はどうやら手続きがうまくいかないらしい。長い間係員と言い合ったが最後、残念そうな表情をしてブースを去っていった。

彼のその後の消息は不明だが、自分がもしあんな風になったらかなり辛いし怖いだろうなと心が痛んだ。

翌年、奇しくもこのロンドンヒースロー空港で私も恐怖のどん底に落ちることとなる。

 

搭乗時間までまだ余裕があるので売店を物色。成人向け雑誌の描写が露骨なところに西欧を感じた。

 

帰りの機内食も、コクも深みもない辛いだけの料理が出てきた。私は食べなかったが、友人は初っぱなに出てきたビビンバに舌を破壊されてしばらくうなだれていた。

 

無事に帰国したのが8月25日。帰ってスーツケースを開けると、グチャグチャになった衣類や下着とともに、思い出の品々が出てくる。おみやげに買った衛兵のマスコット人形、パディントングッズ、ユニフォームが2着、そして、エディンバラで彼(の母)から買ったCD。

 

エディンバラで買ったあのCD。アコースティックギターが奏でるその音色を聴くだけで、私はこの一週間分の思い出を一気に引き出せる。

サッカースタジアムでの感動、ロンドンの町に流れていた空気、長袖一枚でちょうど良い気候、サッカー観戦が私たちに与えた90分ぶんの鳥肌、エディンバラへ向かう列車の車窓からのぞく空の色、霧に飲まれたエディンバラ大学キャンパスに、断崖にそびえる城、恩師との "See you again"。

 

私はこの旅行からおよそ半年後に成人式を迎え、さらにその半年後からスウェーデンでの留学生活を始めた。