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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

その3-1(オスロ)

2014年8月下旬に始まったスウェーデンでの留学生活から1ヶ月経った9月20日。初めて少し遠出の旅行をする。行き先はノルウェーの首都、オスロ。私が留学している町はスウェーデンの西海岸に位置し、オスロまではバスで3、4時間で着く。

国境を越えるときも相変わらずすんなりだ。広い広い野原、あるいは耕地。ときどき工場のような建物や看板も見えるが、バスの前方にも後方にも自動車は見えない。そんな状況は国境を越える前も越えた後も変わらない。強いて言えば、Öの文字がØに変わったぐらいだ。そんな風景をぼんやり眺めながらバスに揺られていると、改めて国境の意味について考えてしまったりする。

次第に景色は山がちになったが、その山の中に遊園地があった。近くに電車が通っている気配はなさそうだし、遊びに来るには自家用車か、あるいはリムジンバスでもあるのだろうか。

オスロ到着15分前まではただの森を走り抜けていたのだが、突然その森が開けて海が見え、町並みも見えるようになる。童話の世界にありそうな家が立ち並び、海面は穏やか、波止場には数艇のボートが泊まっている。首都にしてはずいぶん小さすぎると思ったが、まさにその通りで、その町を抜けてからオスロに入った。

バスターミナル、および市の中心部に入るためには中央駅をまたぐ陸橋を通らねばならないようなのだが、その日は一車線しか通行できなくなっており、あと一歩でオスロに到着というところでバスは恐ろしいほど立ち往生した。

後に明らかとなった事実だが、ちょうどその日はオスロマラソンなるものが開催されており、この場所に限らず市内の様々な場所で通行止め、通行制限がかかっていた。

 

ついにバスを降りる。オスロは都会だ。都会らしい都会だ。ガラス張りの高層ビルや電光掲示板がそう思わせる。また、今まで見てきたヨーロッパ各都市、あるいはスウェーデンよりもアジア系の顔立ちが多かった。

オスロのど真ん中に降り立った私はまず、予約してあるホテルに向かわねばならない。今回はそこで大学のクラスメートと待ち合わせをしているのだ。

ホテルは、中央駅から西に2km弱の王宮のすぐそばにある。陸橋を渡るのに時間がかかったし、急がねばならない。1泊2日のオスロ旅行。1分1秒無駄にするわけには、させるわけにはいかない。

方向感覚に疎い私だが、西に一本という単純さの甲斐あってほんの少しだけ迷っただけで済んだ。普通の人が迷わずたどり着けるところなら、ほんの少し迷っただけというのは相場であると言える。私が一発で迷わずにいける場所は、「はじめてのおつかい」で子どもが持たされる地図のレベルのことを言う。

とはいえ、待ち合わせ時間を20分ほどオーバーしてしまった。何と詫びたらよかろうと思いつつ階段を登ってホテルの受付に着いてみると、ふたりともいない。受付のやたら美人なお姉さんに尋ねても、知らないわと言う。こんなに美人なお姉さんが言うのだから、まぁ本当に知らないのだろう。

受付の美人なお姉さんはテレビ室で待っていることを提案してくれ、私はその提案に従った。テレビをつけると、まさしくオスロマラソンをやっている。さっき通ってきたような道をみんなが走っていた。

スマホに連絡も入っていないし、遅いな、遅いな、大丈夫かなと心配していると、私が到着して20分後に階下から話し声が聞こえてきた。私が受付の美人なお姉さんに「君たちを探しに出たけど3時には戻る」というメモを託そうとしたまさにそのときだった。

もしやと思って階段を下りてみると、たしかに私と待ち合わせをしていたクラスメートだった。

見たところ怪我はない。精神外傷もなさそうだ。何かあったか、大丈夫だったかと尋ねると、「グリーネルロッカという雑貨屋の集まる通りに夢中になっていて遅れた」とほざいた。

ふたりは一緒に、私とは別の町から私よりも数時間早くオスロに入った。それは知っている。承知の上だ。だから、じゃあこの時間にホテルで待ち合わせねとしたのだ。

「ごめんごめーん」とへらへらしているふたり。巷では様々な「モテる女性」がタイプ分けされており「小悪魔女子」は根強く流行っているようだが、仮にこれを小悪魔と呼ぶのなら、私は世の中の風潮に対して「間違っているぞ」と言いたい。

 

さて、オスロ観光だ。王宮を通り抜け、トラムに乗ってムンク美術館に行こうと思う。

王宮は淡い黄色をまとって整然と立っている。近代的な雰囲気のする横長の長方形だ。最近建てられたように見える。庭園も大きく、王宮の左右および背後は木立になっている。道にはベンチが据えられている。池もあって、鳥が羽を休めていたりする。散歩コースにも最適だ。

ノルウェーの国旗がはためく王宮を目にして、王宮はどの国でも立派で素晴らしいなと私が改めて感心していると、小悪魔のふたりは王宮を見て「奈良の国立博物館にそっくり」と言い放ってけらけらと笑い、一気に興ざめした私を置いてすたすた歩いていった。

私は世の中の風潮に対して「間違っているぞ」と言いたい。

 

今日はオスロマラソンが行われている影響でトラムが走っていないらしく、地下鉄で移動することになった。私たちは24時間公共交通機関乗り放題券を買ったが、地下鉄の改札を通る現地人は誰も切符や磁気カードを通さないで中へと入っていく。

そう、ヨーロッパ圏の公共交通機関って、切符システムがものすごく適当なところが多い。切符を通さなくても通れちゃうような改札と、切符を通してなさそうな乗客を乗せちゃう車掌さんたち。このふたつの条件が揃い、タダ乗り天国と化している場面にはよく出くわす。ふたりによると、グリーネルロッカからホテルに向かうときに利用したトラム内でも誰一人切符を通さずに乗っては降りていったそうである。

北欧の地下鉄には不潔な雰囲気がほとんどない。10分ほど地下鉄に乗り、美術館の最寄り駅に到着。案内板にしたがってそこから5分ほど歩いた静かな場所にムンク美術館はある。いつごろ改修したのかわからないが、かなり新しそうな、モダンできれいなつくりをしている。

私たちは午後3時前に着いたが、4時に閉館するということもあってか人気はほとんどなかった。

ムンクの知名度から想像されるほど大きい建物ではないが、セキュリティ面は万全だ。まず、基本的にカバンはロッカーに預けなければならない。コインを入れることでロッカーの鍵がかかる仕組みになっており、「そんなこと言われてもノルウェーのコインまだ持ってないんですけど」と少し臨戦態勢気味に係員に食って掛かると、この無料のコインを使ってください、とロッカーの横にジャラジャラと置いてあるコインをひとつ手渡してくれた。すみませんでした。

また、展示室に入るときには空港と同様のセキュリティチェックを受ける。ポケットの中身は全て出して、金属センサーをくぐるのだ。

それをクリアすると、いよいよ展示室だ。ムンク氏は、傑作「叫び」であまりにも有名だが、当然ながらその他にも多くの作品を残している。また、その絵を描くにいたるまでにいくつかのプロセス(精神面でも作品面でも)を経ている。それらがわかるような展示の配置になっており、ガラスケース越しとはいえ実際に間近で見た「叫び」は今までの印象とは少し違って見えた。あるいは、納得したとも言い換えられる。

「叫び」だけは少し奥まった薄暗い展示室に置かれており、写真撮影も禁止となっている。しかし、混雑していないおかげでゆっくりと心ゆくまで鑑賞できたのは嬉しかった。

彼の多くの絵は「叫び」の持つ印象と同様の、暗い感じのする絵が多かった。彼の絵の背景はたいてい薄曇りで、それゆえに柔らかい雰囲気を持つ作品にさえも暗さを感じる。

ただ、私は全く絵に詳しくないが、曖昧な輪郭を描きつつも巧みに添えられた陰影や、一見無造作に多彩な色を塗り重ね混ぜ合わせて風景、もの、あるいは時間を見事に表現しているムンク氏はたしかにすごいんじゃないかと思った。

彼が実際に使っていた木製のパレットも飾られている。絵の具が固まってゴテゴテになっている。このパレットの上で、たしかに彼は色を混ぜ、絵の具を足し、混ぜては足して、納得のいく色を作り上げたあとはその色を絵筆に託して作品を描き上げていったのだろう。

遺骸や骸骨の絵も多かったが、生きている人間や動物、風景画も見ることができ、「叫び」のイメージしかなかったムンク氏に対して新たな知識やイメージを持つことができたのは良かった。

私が彼に対して持つイメージをあえてもうひとつ挙げるとするならば、かつて「水曜どうでしょう」で彼ら4人が北欧制覇の旅をしたときにオスロに到着、ムンク美術館を訪れたがちょうどその日は閉館していたという記憶である(だから、正確にはもはやムンクのイメージではない)。