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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

その4‐8(パリ)

旅行記

翌日訪れたルーブル美術館は、私の好みには合わなかった。建物が大きくて立派なのはたしかだが、あまりにも広すぎて展示品も多すぎる。有名な展示品は超がつくほどの有名どころであり、それゆえ手垢にまみれている感じを受けた。そうでないものは、美術品に造詣の深くない私にとっては似たり寄ったりのものばっかりで、ただ歩くのがつらいだけだった。

『ミロのヴィーナス(アフロディーテ)』は腕がないのにかっこいいというか、様になっていて、これが黄金比のなせる業かと思ったり、『サモトラケのニケ』にも首から上がないのに、いやむしろ、だからこそ神を感じさせるところなんかは傑作たる所以なのかもしれない。すぐ傍で見られる『ハンムラビ法典』には教科書に載っていたような楔形文字が打ってあって、どう考えても読めそうにないこんな文字を解読しようとしている考古学者たちの熱意と努力に尊敬の念を抱いたりはした。

ずっと見たいと思っていた『イッソスの戦い』に関して言えば、小さく細かな部分まで剣や人間がきちんと描かれていて少し感動した。それでも、他の絵画を見ても素人目にはどれも上手といえば上手だし、かといってそれ以上は何も感じられなかった。この絵がどうしてもここ、世界最高峰の美術館に飾られなくてはならない理由というのはわからなかった。結局それが、美術に疎いということなのかもしれない。しかし、他の絵と何が違うのか間近で確かめられたらと思って期待していた『モナ・リザ』の前には、半径3メートルぐらいまでしか近づけないように柵がされており、そしてその前にはカメラを構えた人たちが大量に溜まっているようではとても私の望みはかないそうになかった。インターネットで検索すれば百万と見られるこの絵を今さら写真に撮ってどうしようというのか。まさか、彼らが軒並みインターネットを使えないわけではあるまい。

美術品の洪水に飲まれて、自分が何を見たいのかもわからなくなって、ただ損をしたくないためだけに阿呆のように首を振り振り歩き回る私。あるいは世の大半の人も同じようなものだろう。「フランスに来たからにはルーブル美術館は外せない」というイメージを世界中に植え付けたフランスの勝利なのだ。

とはいえ、半日美術品に囲まれて歩きまわり、ギリシア彫刻よりもオリエント、エジプト美術のほうに魅力を感じることに気がついた私は、皆が通り過ぎて行く古代エジプトの『死者の書』をじっくり鑑賞して満足したところで美術館を出た。

 

実は今日、もうひとつお楽しみを用意してある。負け惜しみではないが、私にとってはこちらのほうが期待大だ。その下調べとして、ルーブル美術館からまっすぐ歩いてオペラ座へと向かった。そう、私は今晩オペラ座でバレエを観賞する。本当はオペラを見たかったのだが1ヶ月前には安い席はすでに売り切れていたので、安い席の残っているバレエにした。オペラ座内部に入ることが本来の目的なのだし、オペラもバレエも生で見たことはないのだから、どちらでも同じく貴重な体験になるはずだ。

明るいうちにもオペラ座を見ておこうと思って立ち寄ったわけだが、なるほどさすがに本場パリのオペラ座。大きく威厳のある、そして華麗なたたずまいをしていた。フランス入国初日の夜、私をメトロ駅構内まで案内してくれたナイスなご老人と出会ったのもここだ。当時は初めての土地だし暗いし、何が何だかよくわからず、ボンヤリと立派な建物が見えているだけだったが、全貌が明らかになった今、改めて感心する。

私にはバッハしか分からなかったが、建物の壁面には音楽業界の偉人か、あるいはオペラ座建築に関わったと思われる人たちの顔と名前が彫ってあった。

 

一旦ホテルに戻って荷物を置き、身支度も整える。私は髭をそった。ひとりで外国旅行をしている間は、髭を伸ばしてこぎれいな格好をせずに、あまりお金を持ってなさそうな風を装うことにしている。トラブルに巻き込まれたくない。自分の身を自分で守るには、腕力を鍛えるよりも自分に何かが起こらないようにするのが一番だ。ただでさえ道に迷うのだ、それでお金をたかられてはたまらない。

しかし、オペラ座ではどんな格好が許されるのかよくわからなかった。スーツは持っていないから、タータンチェックの長袖シャツにベージュのスラックス。これが、私のできる最大限フォーマルな格好だった。だからせめて髭をそって清潔感と無害感を出していくことに決めた。

開演は19時半だったから、先に夕食を済ませることにした。オペラ座のほぼ斜向かいにあるラファイエット百貨店の食品展でテイクアウトすることにした。マカロンやチョコレートと言ったスイーツから、パン、チーズ、ハム、中華、一般惣菜まで幅広く取り扱っている。どれもおいしそうで目移りするが、値段表示が「kgあたり」なのは実用性に欠けていると思う。

結局そこでピラフを買って、オペラ座前の階段に座って食べた。なぜかこの場所にはいつも人が溜まっている。待ち合わせをしているのか屋内に座っているよりもこちらのほうが良いのか、彼らの考えは図りかねるが、今日は昼間は暑いぐらいだったし、日が落ちてからもあまり冷え込まなかったので快適だった。

それからいよいよ入場する。服装については何も言われなかった。館内は格式の高さを感じる素晴らしい造りだった。予想通りといえばそうなのだが、予想通り格式の高さを感じさせるというのは簡単なことではないと思う。

私は一番安い席を買ったので一番上まで階段で上る。一番上の座席はビルの3、4階、15~20メートルぐらいのかなり高い位置にあるが、ステージはきちんと見える。いすはフカフカだが、前後左右の感覚がかなり狭い。私が席についたときはまだほとんどお客が入っておらず問題はなかったが、開演直前となると満員になり、とても窮屈になった。真ん中のほうの座席の人が後から入ってきたりしたら、それはもう大変である。これが、安いということだ。安いといっても、3、4000円はするのだが。

当然ながらボックス席やバルコニー席にゆったりと座っている人もおり、そこに日本人がいたりするとなおのこと悔しかった。しかしおもしろいもので、値段の高い席に座っている人たちはそれなりにドレスやスーツを着て、相応の格好をしており、片や私が座っているような席の人たちは、私のように「粗野でない」格好だった。身の程というのは大事である。

ステージの前に楽器が並んでいるのが見える。マリンバとピアノがメインだ。「Rain」という名のコンテンポラリーバレエで、その二つの楽器が高い音階を断続的に鳴らし続けることで降り続く雨を表現しているようだ。演技は一時間ほど続いたが、その間演奏者たちはずっと音を鳴らし続けていなくてはならない。同じリズムを休むことなく一時間叩くというのは非常にしんどいと思う。どこかかゆくなったりしたらどうするんだろう。

一方の演技は、私の度肝を抜くものだった。私はコンテンポラリーバレエのことを頭の中ではモダンバレエだと思い込んでいて、トーシューズを履いて衣装を着て、というのを想像していた。しかし会場の照明が落ち客席が静まると、無音の中、みすぼらしい格好(=衣装)を着た男女がステージ上を走り始めた。男性が3人、女性が7人のようだ。

そして彼らはピアノとマリンバの雨音の中、自在に走り回り、舞い、回転していた。時々舞台袖にはけたりもするが、何人かがステージ上で一生懸命走ったり跳んだりしている横をダラダラと歩いてはけていく。私は開演して10分ほどでようやく「あー、コンテンポラリーバレエ・・・」と、自身のバレエ初観賞は明らかに異色の演目であることに気がついた。

3人の男性の中でひとり、一際ムキムキのゴツイやつがいる。彼はエース級の活躍を見せ、ひとりだけピチピチのタンクトップを着て出てきたかと思いきや、ステージ上で生着替えを始め、着替えたあとの服は再びピチピチの、しかしスパンコールの入ったキラキラのタンクトップであった。そしてやっぱり跳んだり回ったり走ったりする。

恐らく観客全員が呆気にとられた演技も終演を迎え、雨音が静まり、彼らはステージから走り去り、幕が下りると会場からは鳴り止まぬ拍手が送られた。3度、あるいは4度は演者がカーテンコールに応えたと思う。監督も出てきた。私は彼らの技術に関しては全く分からないが、その表現とセンスに敬意を表したい。もちろん、世界最高峰の舞台、パリのオペラ座で演技するということは、バレエ技術に関して選りすぐりの10人であったことは間違いないのだろう。

今日はハロウィン。オペラ座からメトロに乗ってホテルの最寄り駅を降りると、何人か警察がいた。