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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

その4‐9(パリ)

旅行記

初日ぶりにモンパルナス地区に行く。パリで最も高い建物、モンパルナスタワーに上るためだ。駅があり、タワーがあり、さらにその横には小さなショッピングセンターがある。大したことのないショッピングセンターだったが、結局昼食のパンをそこで買った。

タワーの周りに人気はなく「営業期間外とかじゃないよな・・・」と不安に駆られながら中に入っていくと何人かが窓口に並んでいた。何人かどころではない数の人間が並んでいたノートルダム寺院やエッフェル塔、凱旋門とはえらい違いである。こっちのほうが高いのに。

料金表を見ると大人、学生、子どもがあったので国際学生証を見せると、子ども料金のチケットを渡してくれた。料金も子ども料金(9ユーロ)である。私は何を見せ、彼は何を見たのだろう。

200m強、56階を40秒で移動するヨーロッパ最速(自称)のエレベーターを降りると、任意でカメラマンが写真を撮ってくれる。私は写真が苦手だし一人で写真を撮られるなんて本当に嫌だったので断ると「えー!? 全然おもんないやん!」みたいな、とにかくあきらかに不服だという意思表示をされた。買わない写真は撮らない。

今日も良い天気で、少し暑いぐらいだった。上から見下ろすと、街の建物の高さがかなり統一されていて、道も含めてきっちりと区画されているのがよくわかる。少し大きい通りは、まるで割れ目のようだ。エッフェル塔はもちろん、凱旋門やコンコルド広場、ノートルダム寺院も何とか目視できる。南側を見れば、モンパルナス駅から伸びる線路が見える。

エレベーターで下りるのは56階の展望階だが、そこから階段でさらに上がれば59階の屋外展望台にいける。東側が少し煙っていたのが残念だったが、整然と立ち並ぶパリの街を心行くまで堪能できたのは非常に良かった、しかも子ども料金で。

ぜひ夜景も見てみたかったが、再入場はできないということで、後悔のないようにしっかりと何度も何度もパリを見下ろしてからタワーを下りた。

 

それから、先ほども述べたように隣のショッピングモールで昼食用のパンを買い、2、30分歩いて軍事博物館を訪れた。休日だからか有名だからか、けっこう人がいる。さっきモンパルナスタワーから見下ろしたときにもなかなか立派な建物が近くに見えており、その正体はこれだった。ちなみに立派なのは軍事博物館というよりは、隣接するサン・ルイ教会だったのだが、勉強の至らない私の知るところではない。もっと言えば、観光客が集まっているのも博物館というよりは、ナポレオンの眠る棺が置いてあるこの教会のほうであることも後々知ることになるが、それも私の知るところではない。

入場券を学生割引で買おうと思って国際学生証を出すと「どこで勉強しているの?」と言われ、「スウェーデン」と答えると無料でチケットをくれた。18~25歳のEU圏内学生(だったか住民だったか)は無料らしい。私は嘘をついたつもりはなかったが、今思い返すともしかしたら私が答えるべき本当の回答は「日本」だったのかもしれない。いまだにわからない。

博物館も、宮殿のような造りの大きな建物を存分に利用した代物で、青銅器時代の武具から中世、近世、フランス革命、ナポレオン治世、世界大戦期までの各年代の資料が贅沢に展示してある。ひとつの建物ではあるが、横長の長方形の箱がいくつかつながっている設計になっているので、歩いたり上ったりそれたり折れたりしなくてはいけない。いちいち広いのは本当に面倒だ。

騎士が着用した甲冑がズラーッと並んでいるのはさすがに威圧感がある。何も言わずにただこちらを向いて整然と立っているが、今にも動き出しそうだ。ナポレオンが着ていたとされる軍服や彼の肖像画も多く展示されている。初期の頃こそスマートで知的で勝者にふさわしい風貌に描かれているが、年を重ねるにつれて(つまり戦争で負け始めた時期であるが)どんどんその威厳が失われていき、最後のほうはただの太ってハゲたおっさんにまで成り下がっていた。私は個人的にナポレオンが好きなので、残念な光景だった。

世界大戦期まで来ると、資料も武器だけでなく、様々な小物や書物も見られるようになる。爆弾の炸裂によって地面と共にはじけ飛ぶ人々の様子を描いた絵もあるし、風刺画もある。日本のプロパガンダ資料や原爆投下によるキノコ雲の写真など、フランス以外の資料もいくつかあった。

何より驚いたのは「シャルル・ド・ゴール」コーナーである。あらゆるコーナーの中でいちばん面積をとっていたんじゃないか。彼の幼少期から大統領になるまでの様々な写真があり、ニュース映像からとってきたのであろうモノクロ映像が脈絡なく流され、30分程度のバイオグラフィーフィルムまで上映する始末。国威発揚みたいで少し怖かった。それほどまでに彼は英雄なのだろうか。空港も彼の名前である。たしかに彼の時代ともなれば映像、画像、書類、種々の資料が揃っているだろうし、パリも奪還しているし、アイコンとして非常によく機能するのかもしれない。

博物館を歩いていると何だか少し騒がしいので音のするほうへ行ってみると、教会でパイプオルガンの演奏をしている。たぶん見世物の演奏ではなかったと思うが、生でパイプオルガンを聞くのは初めてだったので中に入ってみた。扉を閉めていても外にハッキリと音が聞こえるぐらいだから、かなり音量は大きい。そして私はパイプオルガンの音が苦手だ。ちょっとこわい。

演奏を聴き終えてから博物館に戻り、それも済んでからナポレオンの棺を見に行った。それはドデカイ茶色い四角の箱だった。たくさんの人がそれを眺め、写真に収めている。彼が世界に多大な影響を与えたことを私は認めるが、死んでから100年経ってもいろいろな人に囲まれて見られて写真に撮られたいとはちっとも思わない。彼は虚栄心が強かったそうだから、彼はきっとこれでいいのだろう。あの棺に本当に彼が眠っているのか、その真偽はよくわからないが別にそれはかまわない。

 

15時には観光を終えたが、この日はよく晴れていたし、そのあとの予定もなかったので30分ほど日を浴びてボーっとしながら今日の残りをどうしようかと考えた。明日のお昼にはスウェーデンに戻る。ありがたいことに今回訪れたいと考えていた場所には全てぬかりなく訪れることができている。明日の午前中は、入館料が無料だというルーブル美術館で適当に時間をつぶすつもりでいるが、それ以外の予定はないし、その予定も予定といえるほど固まっているものでもない。

そうこうしているうちに空腹を覚えたのでとりあえずオペラ駅まで戻ってそこでパンを買って、ラファイエット百貨店の屋上で食べることにした。ここの屋上は見晴らし通いということは事前に聞いていて、本当はオペラ座でバレエを観賞する前もここで晩ごはんを食べたかったのだが、あいにく時間の都合で屋上は閉まっていたので仕方なくオペラ座前の階段で食べたのである。

今日は、そして今は開いている。すでにたくさんの人がいて、思い思いの場所に腰を下ろしている。私も空いている場所に腰を下ろしてパンを食べ始めたが、思っていたよりもロケーションは良くない。午前中に200mぐらいまで上ってしまったのもあるだろう。たかだか5、6階建ての百貨店の屋上なんてただの子供だましである。それに、向かいには一際飾ったオペラ座が立っている。そのオペラ座に、そちらの方向の景色は完全にさえぎられている。落胆した私は、昨日と同じようにオペラ座前階段に向かった。昨日と違うところは、昨日はやむを得ずだったのに対して今日は自主的な点である。

この日は昨日にも増して階段前が盛況している。それに何だか騒がしい。行ってみると、ストリートミュージシャンがアコギ一本で歌っている。この人だかり、かなり有名なのだろうか。人々の間を縫って、空いている場所に座る。高くきれいな声をしていて、しかも様々に声色を変える。オリジナルを歌えばカバーもし、大衆音楽も歌う。最後のパリでの晩を楽しませてもらった。10ユーロでCDを一枚買って、宿に戻った。今日も宿の近くは少し生臭い。

翌日、近くのパン屋さんで朝食を済ませ、ルーブル美術館に向かう。10時過ぎだったと思う。と、想像を絶する列の長さで、ちょっともう諦めた。縦に並べれば1km以上あったんじゃないか。

さて、どうしよう。シャンゼリゼ通りでランチなんていうのはオシャレで良いのではないかと思い、ぶらぶらと歩いていった。前回は凱旋門からルーブル美術館まで歩いたから、ちょうど逆方向に歩くことになる。この日は曇っていて少し肌寒かったが、歩くのに問題はなかった。テュイルリー庭園を抜けてコンコルド広場を過ぎ、まっすぐ伸びるシャンゼリゼ通りを歩いていく。いくつか目に入ったレストランの中でスパゲティをいちばん安く食べさせる店に入った。まずくはないがおいしいと唸るほどでもない。ここはイタリアではないし期待はしていなかったが、たぶん冷凍食品でもこれぐらいの味は出せるだろう。あるいは冷凍食品だったのかもしれない。ただ、スパゲティが出てくる前にバゲットが一本分出てきたのには驚いた。

ゆっくり昼食を済ませ、ゆっくり宿に戻って、預けていた荷物を受け取り、愛想よく見送られて空港へ向かう。この宿も悪いところではなかった。水まわりに難があり、初日のおじいさんが英語を解さなかっただけだ。

この日は初日のロワシーバスではなく、ヴェルサイユ宮殿を訪れた際に利用した(治安に不安があるらしい)RER線を使った。空港まで直行だし、車内はとんでもなく空いているし、別に汚くもないし、非常に快適だった。危険なのは時間帯の問題だろうか。噂されていた車内の衛生面もとうとう気にならなかった。

 

市内を出て空港について空港カウンターに荷物を預けるまで1時間ぐらいかかったんじゃないかと思う。時間に余裕を持たせていたし、大きい空港だからいろいろ探検して回ろうと考えていたのだが意外と何もない。少し飲食店が入っているぐらいである。

何とか時間をつぶして、帰りはミュンヘン空港経由でスウェーデンに戻る。フランクフルト空港よりも大きくてきれいだった。無料でコーヒーや紅茶、ココアが飲めるサーバーも設置してあり、サービスはこちらのほうが良いような印象。

スウェーデン行きの飛行機のゲート前で待っていると、当然周りからはスウェーデン語しか聞こえてこない。2時間前までいたフランスではみんなフランス語ばかり話していたのに(当たり前である)、今はスウェーデン語に囲まれている。フランス語もスウェーデン語も私にとっては外国語に違いないが、スウェーデン語は見ず知らずの外国語とは一線を画している。体に緊張が走る異国語ではない。もはや「聞こえてホッとする響きの言葉」である。このとき初めてそう思った。

英語なんて今では世界中に溢れていて、外国旅行に行けば公用語は英語になるし、英語圏の国でなくてもいろいろな場面で英語は見られる。その点で、英語が母国語の人たちは私がこのとき受けたような感覚を得ることはあるのだろうか。見慣れた看板を久しぶりに目にしたときや、住み慣れた家に久しぶりに帰って来たときの感覚を、聞こえてくる言葉の響きだけで感じることはあるだろうか。

 

そういう優しい感覚は、英語至上主義の世界ではどんどん滅んでいってしまうだろうと思う。