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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

その5‐2(ドブロヴニク)

旅行記

車内は特段変わったところもなく、バスならこんなもんだろうといった感じである。バスらしい狭さ、バスらしい汚れぐあい。誤解のないように言い添えるが、全然汚くはなかった。

私の隣の窓際の席にはかなり大柄なおばあちゃんが座っている。よって、縦も横も狭い。夜中にもかかわらず乗客はやたら元気で、車内は騒々しかった。気持ちの持ちようで、朗らかとか明るいとかいろいろ言えるのだろうが、当時の私は長距離の移動で疲れており、翌日からの観光に備えてきちんと寝たかったので、無神経な奴らめと、少し恨めしかった。

10時間かけてドブロヴニクまで行く。思いのほかすんなり寝入ることができ、目が覚めたのは早朝の5時、ザグレブとドブロヴニクのほぼ中間地点でクロアチア第2の町スプリトに到着したときだった。ドブロヴニクでの観光を終えた後、ここにもやってくるつもりだ。美しい港町ということで、暗いながらも窓から何となく海が見える(気がする)。隣の大柄なおばあちゃんはここで降り、座席は広く使えるようになった。

バスはしばらく停まっている。ここで降りる人も、ここから乗ってくる人も多いのだろう。と、ひとりのおじさんが乗ってきて、私に向かって言った。

「コリアン?」

いや、日本人だと答えると、「どこに行くの?」と続けて尋ねてきた。ドブロヴニクだと答えると、「このバスはドブロヴニクには行かないよ、乗り換えなくちゃ」と教えてくれた。

何というありがたい情報だろう。たしか乗り換えは必要ないはずだったが、何かの思い違いか聞き漏らしがあったのかもしれない。大体、車内アナウンスはほぼクロアチア語なので、何か言われてもさっぱりわからない。礼を言って急いでバスを降りようとすると、私の後ろのおじさんが「いやいや、このバスはドブロヴニク行くで」と言う。

私がまごまごしている間に、乗ってきたおじさんと乗っていたおじさんがなにやらクロアチア語でしゃべり、結論、乗ってきたおじさんが間違っていた。「じゃあ俺が乗るバス間違えてるんじゃん」と言いながらバスを降りていった。何と人騒がせなオッサンなのだろう。

私としては、なぜ彼がバスに乗るなり私に目をつけ、国籍を尋ね、行き先を尋ねたのか疑問である。私は普通に座っていただけだし、別に人の目に留まるようなこともしていない。そして、私がドブロヴニクにいくと答えると、(間違った情報ながら)これはドブロヴニクには行かないよと教えてくれた。間違った情報を与えて困らせてやろうという、手の込んだアジア人差別の方法なのかと考えないでもなかったが、早朝に、アジア人が乗っているかどうかもわからないバスに乗り込もうとするほどにアジア人を差別したい人なら他の手段をとるだろう。何だか意外と、考えれば考えるほど不思議な偶然が重なった出来事だと思われる。

その後も何度か停車し(つらつら眠っていたので、そこが町なのかサービスエリアのようなところなのかは判断しかねた)、国境も2回越え(陸路でドブロヴニクに行こうとすると一旦ボスニア・ヘルツェゴビナに入って、再び出ることになる)、30分ほど遅れて10時半、ついにドブロヴニクに到着した。

7時半ごろから空が明るくなり始め、8時過ぎには私の目も完全に覚めた。車窓からはすでにひすい色の海が見え、赤やオレンジの屋根に白い壁をした家々が見えていたのだが、そこからけっこう走ったなという印象である。

とにかくやっと着いて、バスを降りると風が強くて寒かった。海が近いからなのか今日が特にそうなのかはわからないが、とりあえず、まずは明日のスプリト行きのバスチケットを買い、それから少し奮発してタクシーで今夜の宿(引き続きアパートメント)に向かった。平らだと思っていたこの街は坂ばかりで、しかもバスターミナルから私の泊まるアパートメントのある旧市街地近くへは上り続きだったので、タクシーを頼んでよかったと感じていた。

タクシーで移動したのはほんの10分ほどである。部屋に上がって荷物を降ろして、いよいよ観光に入る。何と素晴らしい天気だろう。青い空、先ほどよりはいくぶんおさまった風。今となってはこの程度の強さの風のほうが、私に今日一日の活力を吹き込むのにちょうどいい。そして北欧で冬を過ごす人間にとって、降り注ぐ太陽の光が何よりもぜいたくだ。年の瀬、ドブロヴニクに射す陽はこれほどに柔らかくあたたかいのか・・・。ヤシ(のような)木も生えていて、気分はすっかり南国バカンスである。ちなみに気温はたぶん10度ぐらいだったと思う。冬用のダウンジャケットを着てはいたものの(そりゃ冬ですもの)、じゅうぶん暖かいと感じていたのはたしかだ。

ツーリストインフォメーションで地図をもらって、旧市街に入っていく。ドブロヴニクにおいてはこの旧市街が目玉である。もっと詳しく言えば、この旧市街をぐるりと囲む城壁に上ってそこから望む景色が最高なのである。

私は早速上った。旧市街に入るとすぐにその入口があったので、まず上った。料金は100クーナ、後からクロアチアの物価と照らし合わせて考えると破格とも言える。しかし、ドブロヴニクのみならずクロアチア観光の目玉と言っても過言ではないこの場所でケチケチするわけにはいかない。それに、その料金に見合うだけの感動を私は味わった。

石で組み上げられた城壁からは旧市街が一望できる。赤オレンジ色の屋根と白い壁の家々。本当に、ほぼただそれだけである。その美しいこと。海鳥たちが飛んでは啼き、彼らの舞う青空にはひとつだけ小さな雲が残されている。他には何もないのに、ただそこにだけ小さな雲がある。頑張って発生した雲ともいえるし、頑張れずに消え切れなかった雲ともいえる。海は時間、場所、風向きによってひすい、エメラルド、紺碧と色を変える。遠くを見渡せば水平線だって見える。時折吹く強い風に、海面からはしぶきが舞う。さすがにその風の冷たさは尋常ではないが、晴れかたの鮮やかさに、あるいは日射しが違うのか、そこに攻撃性はなく陰湿さもなく、心は浮き立つばかりだ。

ゆっくり城壁を歩いて回る。何度も言うが、とりたてて特別なものはない。旧市街を囲む石造りの城壁の上を歩いてそこからの景色がただ美しいだけである。見える景色も、角度は違えど基本的には変わらない。空があって海があって家があって風が吹き鳥が舞う。それだけ。それだけなのに見つめずにはいられない、立ち止まらずにはいられない。そんな風景がそこにはあった。

やっと降りると、パン屋で昼食をとって旧市街の中を歩いて回った。さっきまで見下ろしていたこの旧市街には家があり、店があり、教会がある。シーズンオフだということもあろうが、わき道にそれると閉まっている店は多かった。石造りの城壁も場所によっては崩れているところもあり、それらは私を、廃墟を回っているような気分にさせた。開いている店ではおみやげ屋さんとレストランが多かったと思う。

どれほど陽気に見えるこのドブロヴニクでも緯度の高さには刃向かえぬようで、早くも日が沈んでいく。途端にどんどん寒くなる。旧市街地の入口側半分を回り、残る半分は明日にとっておくことにする。残る半分にはボートの泊められている埠頭があり、海と海風をすぐそばで感じるのもまた気持ち良さそうなので楽しみだ。