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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

その5‐4(ドブロヴニク、スプリト)

立ち往生をしたわりに、さほど遅れずに20時過ぎ、バスはスプリトに着いた。バスターミナル近辺の景色には見覚えがある。昨日の早朝、謎のオッサンから親切兼不親切を受けた記憶と共に。

ターミナルからアパートまでは歩いて15分ほど。迷わなかった。ドブロヴニクの宿のおばさんが言っていたように寒くはない。おばさんは何を吹き込んだのだろう、もしかすると私がもらったミカンも幻なのかもしれない。

歩いている途中で時々爆発音が聞こえる。新年を祝う打ち上げ花火や爆竹である。実はドブロヴニクでも爆発音が聞こえていて、一体なんだろうと思っていた。年越しと同時に、城壁の所々に据えられている大砲を撃つんだろうか、その準備だろうかとバカなことを真剣に考えていたのだが、ようやくわかった。

私は突発的な大きい音に弱いので、きれいじゃないくせに音だけやたらに大きい爆竹や花火があちこちで鳴るたびビックリしてしまい、段々腹が立ってくる。

部屋に入り、使用上の注意を聞き、地図をもらって、シャワーを浴びてしばらくはゆっくり過ごす。地図を見ながら、明日以降の予定を考える。予定を考えながらもらったミカンを食べた。たしかにミカンの味がした。少なくともミカンは幻ではない。そして23時過ぎに部屋を出た。

行く先はディオクレティアヌス宮殿前の広場だ。スプリトの目玉スポットはこの古い遺跡らしい。行ってみると、店が並び、スタンドが立ち、そこで人々が酒を飲み、あるいは大音量で流れる音楽に合わせて踊っている。人がすぐ傍にいるのに爆竹を放る。うるさい、危ない。

一本わき道に入ると、そこも小さな広場になっており、やはり音楽にあわせてみんなが踊っている。ダンスの輪に外れて一体の彫像がある。普段は物悲しげにたたずんでいるであろうその彫像は、ダンス会場と化したここでは何だか居心地が悪そうに見えた。

再び表に戻ると、特設ステージでのバンド演奏が始まっている。有名なのだろうか。しっかりPA席も設置されていたし、ここはクロアチア第2の都市スプリトだし、たぶん有名なんだろう。いくつかの曲では、みんなも一緒に歌っていた。国民的歌謡曲をバンドアレンジしたのかもしれないし、やはり彼らのヒットソングを歌ったのかもしれない、よくわからないが楽しい場所である。冷たい風の吹く中でギターを演奏するのは手がかじかんで大変だったと思うが、録音ではなかったし、ギタリストはよく頑張ったと思う。ライヴステージから放たれる照明と発炎筒の煙、誰かが勝手に打ち上げる花火たちが渾然一体となって妙に美しかった。

年越しのカウントダウンをおこない、年明けの瞬間に打ち上げられた花火たちは大きさこそ小さいもののいっせいにウワーッと打ち上げられるので、これまたそれなりに様になっていてきれいだった。

年を越し、ライヴもまだ続くようだったが寒かったこともあり、宿に戻った。道中バンバン爆竹が鳴り、私を驚かせる。小走りで戻った。

 

翌日は10時前ぐらいに部屋を出た。よく晴れている。外を歩いてもあまり人気がない。昨夜とは打って変わって非常に静かだ。日本の元日特有の静けさと似ている。あるいは、世界のどこでも元日の朝は独特の静けさに包まれるものなのだろうか。

私はクロアチアのお金を切らしていたので、とりあえず両替所を探しつつ港まで出た。港と言っても、ここは港町なのだから、昨日のディオクレティアヌス宮殿の目と鼻の先である。もっと言えば、バスターミナルの目の前が港であり海である。港にはイタリア行きの船がたくさん泊まっている。そうか、ここからならアドリア海を横断してイタリア半島まですぐなのだ。日本にいると、イタリアに船で渡るなんて少し奇妙な感じがする。ふと目に付いた船体の側面には「MARCO POLO」とあった。

どこかに両替所はないかと、港に併設しているカフェのあたりを見回していたら、カフェから一人のおっさんがサッと出てきて、向かいにある両替所(とは見た目にはわからない)のシャッターを開けてくれた。両替所ですることなんて一つしかないから不便はないが、彼はほとんどずっと機嫌よさそうにクロアチア語をしゃべっていた。それにしても、私は本当に少しだけキョロキョロしていただけなのに、彼はよく気がついたものだと思う、大した観察眼だ。それとも自分が気づいていないだけで、私はものすごくクロアチア通貨を欲している顔つきで歩いていただろうか。

改めて港に出る。ここの海はエメラルドにはならない。その代わりに完璧な碧を見せてくれる。その上を、やはり海鳥が軽やかに舞い、温かな日が射す。

スウェーデンの冬はめったに晴れない。たまに晴れても、冬の重苦しい陰湿な空気をまとったすっきりしない太陽光線でボンヤリ照らしてくるだけだ。しかしここの太陽は違う。何のためらいもなく、自由にまっすぐに射す。スプリトはクロアチア第2の都市だという。これで第2だなんて、クロアチアはずいぶん田舎の国なんだと思う。田舎であるがゆえの素朴さや悠長さが、太陽にまで顕れているように感じた。

空には、綿菓子をちぎって重ね塗りしたような雲が浮かんでいる。寒さは無論感じるが、清々しく春の陽気さえ感じる。ドブロヴニクよりも暖かい。

ディオクレティアヌス宮殿も廃墟のたたずまいをしていた。石壁は崩れかけ、なおも威厳を保とうとしているように見える。ドブロヴニクの旧市街と似たものを感じる。

昨夜、ダンス会場と化した広場で居心地悪そうにしていた像も、今は以前のようにひとりでひっそりと立っている。逆に、あたりに人気はほとんどなく閑散としている。像は15、16世紀の聖人らしい。何か書物を持っている、聖書だろうか。

表に出ると、昨夜みんなが酒を飲んでいた場所にテーブルと椅子が並べてあり、そこでコーヒーを飲んでだんらんしている。いい陽気だ。私も空腹になり、スタンドでチキンサンドを買った。チキンのほかにトマトとキャベツとケチャップだけのシンプルな具材に、生地の固いピタパンがよく合う。

何があるわけではないが、少し冷たい風に吹かれ、晴れた空の下、少しにぎやかな元日のスプリトで簡素なチキンサンドをほおばるというのは素晴らしいことだった。