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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

その5‐5(スプリト、ザグレブ)

いったん宿に戻ってから、もう一度出る。バスターミナルで明日のザグレブ行きのチケットを買って、海岸沿いを歩いていく。ちなみに、私が行く先々でバスチケットを購入しているのは、チケットを予約していないからではなく、予約できないからである。ザグレブ発のチケットだけはインターネット予約できるようだが、それ以外の発着地のバスチケットについては現地のバスターミナルで直接購入する必要がある。だからだ。私だってできることなら、愛想の悪い係員がいやいや渡すバスチケットなんて購入したくない。

港に沿って歩き、ディオクレティアヌス宮殿前、人々がコーヒーでだんらんしている表通りを通り過ぎ、西側に出る。ここからはディオクレティアヌス宮殿および旧市街がよく見える。今私が立っている西側を見るのもよかったが、今私が立っている西側から見る景色もいいものだ。特に、歩くばかりで見渡すことのなかったバスターミナルや港を見渡せるのは新鮮でおもしろい。

それからMarjanという場所に行った。よく知らないが、「Marjanはこっち」というような看板が出ているし、宿でもらった地図にも「こっちはMarjan方面」みたいな表記があったから、何か有名なのだろう。時間はあるのだし、とにかく行ってみよう。

・・・Marjanは小高い山だった。178メートルと書いてある。今はスプリトを見下ろせる展望台としての役目をしているが、かつてはその立地ゆえに秘密結社の集会所、あるいは教会もひっそりと建てられていたらしい。今でもそのいくつかは残っている。

展望台からは、赤い屋根と白い壁の、どれほど見ても見飽きそうもない家の立ち並ぶ旧市街だけでなく、その向こうの景色までよく見えた。雪が降りかけられている裸の山やその傍らを走る山岳道路も見えた。もしかしたら私も明日はあの道を走っているのかもしれない。

また、17世紀ごろと20世紀初頭のスプリトの絵や写真があったが、ほとんど現在と変わっていない。ディオクレティアヌス宮殿を中心に、海岸線にもとりたてて変化はない。埠頭が新たに建設されたぐらいだろう。400年前も、この場所からは今とほとんど変わらない景色が望めたのだとしたら、これほど想像が楽しいことはない。

Marjanを降りて少し旧市街を外れ、国立劇場を見に行った。地図に示されていなければ見落とすほど、大きくもない建物で、他より少し装飾が凝っているかなといった程度だった。

15時にもなると、日は上っていても風が強くなり、さすがにその冷たさが堪えるようになってくる。

 

1月2日。今日の昼過ぎにスプリトを出て、ザグレブに向かう。今日からは普通にお店も始まるようだ。スーパーやパン屋が通常の時間帯で営業してくれるのがありがたい。宮殿横では市場も開いている。パン、花、サッカーのユニフォーム、野菜や肉などいろいろ売っているが、この市場において特筆すべきは、衣類の中でも女性下着がやたらと売られていたことだろう。

交通量も増える。交通といえば、昨日ふたりのタクシードライバーが怒鳴りあっているのを見た。元日の朝である。初老のおっさん二人が大声で言い合いをしていて、特にそのうちの年上と思われるおっさんのほうは特に怒りが収まらないらしく、言い合いがひと段落着いたと思われた去り際、再び振り向いてもう片方に向かって怒鳴り散らしていた。ガンマンの早撃ち対決の要領である。それを何度もする。去りかけてはガンマン、去りかけてはガンマン、である。さらに彼がタクシーの運転席に乗り込んで、さすがにどこかに走り去るだろうと思いきや、片方のおっさんが腰掛けているベンチのところで停車して窓を開け、再び言い合いを始めた。どれほど気に食わないことがあったのだろう。表情から考えても、耳の不自由なもの同士がコミュニケーションをとっているとは考えづらい。やはり元日早々もめていたのだ。傍の海はないでいた。今日も同じだ。今日も蒼い海が静かにそこにある。

そして今日もみんなは外でコーヒーを飲んでいる。なぜかというと今日も暖かいからだ(たぶん)。太陽は雲から見え隠れし、常に日が射しているわけではないが、射すときには日焼けするんじゃないかと思うほどである。

何をするでもなく、人々の話し声を聞き流しつつ、静かに蒼い海と太陽を堪能してバスの時間まで過ごした。海はなく、気温もずいぶん低い内陸の首都ザグレブに移動する前の最後の贅沢だ。

 

バスは思ったよりも早く、5時間ほどでザグレブに着いた。今回は順調に走った。昨日Marjanから見えていたものであろう山をいくつか越える。トンネルを4つか5つ通過すると、途端に道端に雪が積もった冷え冷えとした景色になっているのには驚いた。気温も9~10度あったのが0~2度にまで下がる。山のあちらとこちらで全然違うのだ。

その山のふもと、スプリトとザグレブのおよそ中間地点にあるSAで長めの休憩をとったが、広々として気持ちのいいところだった。そのときはまだ暖かかったのだ。これまで上ってきた道とこれから上るであろう道が見え、そして上った先ではいつの間にか気温がずいぶん下がっていたのである。

ザグレブのバスターミナルに到着し、トラムに20分ほど乗って、小雨の降る中を少し迷ってホステルに到着した。何だか、迷うことが恒例の出来事のようになっているのが書いていて情けない。