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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

アポロ

アポロは猫だ。わたしの猫。

わたしの猫は「アー」と鳴く。少なくともわたしには、「アー」としか聞こえない。上品なグレー地に、額からはシュッシュッと滑らかで鋭い黒色のラインが入った毛を忍ばせて。彼は機嫌が良いのか悪いのか、時折わたしを見ては「アー」と鳴く。

はじめてうちに来たときに、わたしが差し出したごはんのお皿をしげしげと見つめ、わたしを見つめ、それから「アー」と鳴いた。「アー」と鳴いて、ごはんを食べ始めた。食べ始めたときに、口の端からポロっとごはんをこぼした。

「今日からきみの名前は、アポロだ」わたしは彼にそう宣言する。アポロは一瞬だけ口の動きを止め、それからまたごはんを食べ始める。

あれから2年。近所のペットショップで売られていた「はじめてのネコ暮らしセット」に入っていたごはんを卒業し、アポロの年齢や体調に合わせてごはんを選べるぐらいにはなった。社会人4年目のわたしの帰りが少しぐらい遅くなっても、アポロは動じない。いや、帰りが遅くなって不安に駆られていたのは、いつだってわたしのほうだった。プレゼンの資料作成・・・以前に資料をつくるための資料が集められなくて、デスクに置かれた「がんばってね」というメッセージ付きのキットカットさえ叩き潰したあの日が懐かしい。倒れこむようにして家に帰ったわたしをアポロは、「ごはんは?」とせっついた。「アー」と鳴いた。深夜1時。そのとき、とてもホッとしたのを強く覚えている。彼氏が「メシは?」なんて聞いてきてたら、そのままさよならだったんだろうけど。

きみの有能さに、ときどき嫉妬する。ごはんは残さず、きちんと食べるし、トイレもすぐに覚えた。わたしを慰めに来るタイミングも素晴らしい。わたしの病みツイートが減ったのは、間違いなくきみの影響だ。だけど、わたしはきみに、何をしてあげられているかしら?

そんな風に考えていると、なんだか久しぶりに、泣けてくるのよ。