月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

黄昏ロマンス

タツノオトシゴ的見地から言わせてもらうと、太陽は沈んでいるのではなくて、地球の逆半球に昇っているだけだという考えは正しくない。それはすこぶるヒト的見地である。太陽は実際に沈む。黄金のオレンジに輝く太陽は数時間、地表面を照射してからゆっくりと海に沈み、我々の世界を照らし出す。

我々の世界、そこにはサンゴがおり、幾千種類の魚や貝がおり、岩肌には苔が張り付き、人魚が舞う。もちろんタツノオトシゴもいる。

たしかに人魚はめずらしい。我々のように、カップルの人魚を毎日のように目にする海域は、海広しといえど、なかなかあることではない。彼らをみると、少し気分が高まる。毎日のことであっても、彼らをみると、明日も頑張ってみようかなという気分になるのが不思議だ。

彼女のほうは目鼻立ちが全体的に鋭く、初対面には気の強そうな印象を与えがちな美人だ。しかしその実、共感と慈愛に満ちた非常に優しい心を持っている。彼は、彼女のそんなところが好きなのだろうと思う。

一方彼は、際立った器量の持ち主というわけではない。フサフサした髪の毛の右側のもみあげが、よくクルリと巻いているのがチャームポイントだ。彼も包容力にあふれ、我々他の生き物に対してとても優しい。そして謙虚だ。ふたりはお似合いだと思う。

日が沈む時刻になるとふたりは、揃って夕日を見に出かける。太陽が海面に顔をつける瞬間、光は激しく乱反射を起こし、そこで何かが炸裂したかのような感覚に陥る。ふたりはその光景を、身じろぎもせず、ただ見ているのだ。手を合わせ、尾びれを重ね、強烈な太陽の光に照らされたふたりの人魚が同じ方向をじっと見つめている姿は、幻想めいて見える。

太陽が海中に沈みきり、我々がその心地よい明るさを享受するころ、ふたりは何か話しながらゆっくり戻ってくる。何を話しているかは知らない。時々、彼女の頬が紅く染まっていることがあるから、それが答えなのかもしれない。