月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

ジョバイロ

わたしがスタバに通うのは、オシャレに見せたいからとか、その空間に酔っているからとか、そういう理由からじゃない。佐山さん―わたしに新作ラテを渡してくれたあの人の笑顔を見てから、わたしはスタバに通うようになった。

もともとわたしは、カフェみたいな場所が好きじゃない。わたしのための場所ではないような感じがするから。あの日、本当に偶然、新作のマロンラテを飲んでみたくて、駅近のスタバに行ったのだ。

その支払いの列で、嘘じゃないかと思った。

そこには、わたしにとって嘘みたいにかっこいい男の人が、黒いエプロンをして笑顔で立っていた。胸元には、佐山と書かれた名札。あなたにも想像してみてほしい。あなたにとって嘘みたいにかっこいい人が、本当に目の前に現れたときの気持ちを。

その日から、わたしはスタバに通うようになった。もう一度佐山さんに会いたかったから。彼の存在が、わたしにはまるで夢のようだったから。

佐山さんがいる時もあればいない時もあった。佐山さんがいるときにはなるべく店内で飲んでいたかったけれど、テイクアウトで済ませなくちゃいけないときもある。それでも、佐山さんから受け取ったカップが愛おしかった。風が段々と冷たくなっていく季節に、わたしは佐山さんを見るたびに温かい気持ちになれた。

 

その日、佐山さんはいなかった。わたしは、用事で街へ出かけた帰りに、ボブカットのよく似合う女性店員からエスプレッソを受け取って、家に帰ろうとしていた。

ふたつめの交差点を渡ろうとしたとき、向こうから佐山さんが歩いてきた。わたしの知らない女の子と手をつないで。彼女との話に夢中になっている佐山さんは、わたしになんて気付かない。背景に灯る11月のイルミネーションは、早すぎるぶんだけ、ふたりの幸せを浮かび上がらせた。わたしを置き去りにして。

手の内にあるエスプレッソ。ため息を託して一口飲むと、いつもは苦いそれに、なんの味もしなかった。