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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

2012Spark

曇天のサーキットに、甲高いエンジン音がこだまする。一台、また一台。彼の乗ったマシンは、まだ現れない。それは彼にとって望ましいことではない。順位をひとつでも上げてゴールすること、それがチームにおいてのドライバーの役割だ。ほとんどそれだけと言ってもいい。

しかし、サーキット上を祈るように見つめる彼女にとって、彼がいつ現れるかは重要ではなかった。彼が現れること、また無事にコースを走り抜けていくことだけが重要だった。

そして現れた。ホームストレートに現れたのは、カーナンバー38、今日プロデビューを果たした彼のマシン。前周と比べて、オレンジにカラーリングされたそのマシンは、順位を落としたわけではない。ただ、前方グループとの差は徐々に開いており、残ラップ3となった今、これ以上順位を上げることは難しいだろう。ここから先、順位を守ることが彼の役目となる。たった3周、5分にも満たない時間は、それでも決して短くない。普通ではない音を響かせ走り抜けるマシンのエンジン音は、限界を超えた速度で走り続ける人間の悲鳴にも聞こえる。

「ギリギリの勝負って感じがいいんだ」彼はそう言っていた。速い人間が天下をとる。そんな単純な図式が、彼には魅力的に映ったのだろう。

彼は第1コーナーを曲がり、消えていった。後続のマシンも、次々と彼のもとへ襲い掛かる。順位を、文字通り死守せねばならない彼と、ひとつでも順位を上げるために食らいついていく他チームのマシン。彼女の願いは、勝負の結果とは関係がなかった。

再び戻ってくるマシン。後続のマシンは、いよいよ迫ってきた。

最終ラップに入る。後続車両を引き連れて、彼が第1コーナーに差し掛かった瞬間だった。

彼女は声にならない声をあげる。三台のマシンが火花を散らしていた。そのまま三台は、コーナー壁に突っ込んだ。彼女の瞳が映したものを、彼女の脳内では解釈できない。

彼女は立ち上がり、何かを叫んだ。