月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

瞬く星の下で

いくらかの視界を残すための隙間以外、身体の全てを金属で覆った兜を外すと、そこには幼い頃と変わらない碧い瞳があった。幾日と続く戦場をくぐり抜けてきた彼の頬は、土埃ですすけている。右手に携えた槍の先端は、先の戦場で半分折れた。

「ふー」と、彼は連戦の疲れを隠さず言った。砦の門の先には荒野が広がる。その風景には、同情も憐憫もない。彼の疲れを癒してくれるのは、同じ騎士団に所属する者とのおしゃべりしかないようだ。中でも彼は、同郷で幼馴染のナイトとの束の間の雑談に楽しみを見出していた。異教徒殲滅の旅路は、長く険しい。

「今日はどこまで進んだんだ?」と幼馴染が言う。腕っぷしの強さをそのまま反映させたような彼の声にも、今日は疲労が滲んでいた。
「サヴィエンナらしい。さっき誰かが言ってたよ」どこからか野犬の遠吠えが聞こえる。この辺りのある不運な騎士は、野犬の群れに遭遇し命を落としたという。戦場でいくら武勲を立てても、犬に噛み殺されればそれでおしまい。儚いものだと、彼は思う。

彼の死に様に理想はない。騎士として生き、騎士として死ぬ。それだけだ。ただ、死ぬ前にもう一度家族に会いたい。月さえも姿を消したこの荒野に飽きもせず瞬き続ける星々を辿れば、どんな形が見えてくるのだろう。それは、愛する妻と子どものもとへ自分を連れて行ってくれるだろうか。

遠吠えをも飲み込んだこの場所を支配しているのは、暗闇と静寂だ。支配された生と死は、黙ったまま審判を待っている。幼馴染が脱ぎ捨て、手入れを始めた鎧の金属音がやけに響く。

さっき見た瀕死の異教徒。地に伏せ、喘ぎながら何かつぶやき、手でしるしのようなものを形作った。もしかしたら家族の名前だったかもしれない。最期の願いも叶わず、そのまま死んでいった。

彼自身の未来はどうだろうか。

誰にも語られず、星にもならず、ただ存在するところに死の凄みがあると、彼はそのとき思った。