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月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

その3-2(オスロ)

一時間程度の滞在を終えてそそくさと中央駅に帰る。中央駅からはカール・ヨハン通りという王宮まで一直線に伸びる道があり、目抜き通りらしい賑わいを見せている。おみやげ屋さんからレストラン、カフェ、ファッションなどいろいろな店が軒を連ねている。

この通りもオスロマラソンの影響を受けており、一部区間において一般の歩行者は両端しか通れないようになっている。様子を見ていると、どうやらこの通りを王宮方面へ走り抜けてゴールのようだが、カール・ヨハン通りを駅から王宮へ走るとやや上り坂となっており、走者は最後の最後にかなりしんどい思いをしなければならないと予想される。

ぶらりぶらりと歩き、少し大きな本屋さんがあったのでそこに入ってみたりもしたのだが、土曜日は店があっという間に閉まっていく。店だけでなく、あらゆる施設が閉まっていく。仕方がないのでさらに私たちはぶらぶらと歩いて王宮を抜け、王宮の庭園も抜けて、ホテルの近くにある雰囲気の良さそうなオープンテラスのレストランで夕食をとることにした。

9月下旬とはいえ日が沈み始めると、日本と比べると格段に気温は下がってくる。その中でも多くのお客さんはテラス席に座ってお酒を飲みながら食事を楽しんでいる。彼らにとってはまだ夏は終わっていないのかもしれない。あるいは、もう終わってしまう夏を惜しみつつ、人々が夏を惜しんでいるその雰囲気も楽しみつつ土曜日の夕暮れを過ごしているのかもしれない。

ゆっくりした夕食を終えて、ホテルに戻る。チェックインしたときにはすぐに街へ繰り出すべくバタバタしていて気付かなかったが、ホテルはなかなか良い立地にあった。うるさすぎず、しかし閑散としているわけではない。

完全に静かな状態よりは、リビングのテレビの音は聞こえるぐらいのほうが勉強がはかどるという感覚を想像していただきたい。

23時を過ぎたあたりから、やたらに若者たちの話し声や笑い声が聞こえ、クラクションが鳴ったりカーステレオが響いたりサイレンが鳴ったりして一時的に騒々しくなったが、それも今日が土曜日だからかもしれない。

 

翌朝は10時ごろにホテルを出て、昨日のうちに目をつけていたカール・ヨハン通りにあるパン屋で朝食をとった。値段は高かったが、落ち着いた雰囲気のする店内で、中からカール・ヨハン通りを眺めながら食事ができるのが良かった。

夜のうちに雨が降ったらしく、道は濡れ、枯葉が落ちている。人に溢れ活気に満ちていた昨日よりも、人もまばらでどこかアンニュイを漂わせたこの朝のほうにこそ味わい深い趣がある。私はそう思いながら、全くスパイスの風味がしないチャイを飲んだ。

 

そのあとにまず一人目の帰宅者を見送る。バスターミナルに着くと、そこはカップルの別れの場と化しており、あらゆる所でここぞとばかりにイチャついていた。カップルも大変である。

一人目を見送ったあと、二人目も1時間後のバスに乗って帰るということで、隣接している中央駅構内を散策した。構内にもキオスクや服屋やファストフード、花屋などいろいろな店舗が入っているが、真っ昼間であるにもかかわらず、その大部分は日曜日であるためにシャッターを下ろしていた。とはいえ人気は多く、様々な人々が様々な方向へ向かう電車の待つホームへと消えていく。旅行に行く人や仕事に行く人や家に帰る人や、いろいろな人がいるのだろう。私たちはその中に立って、「電車には乗らないけど旅行の途中で何となく中央駅に寄った人」を演じていたのだ。

 

そして二人目も帰り、私は一人残された。まだ時間は三時間ある。さぁどうしよう。

実は昨日、カール・ヨハン通りを歩いていたときに、ノルウェーらしさというようなものを感じることができないでいた。ノルウェーの首都オスロの目抜き通りを歩いたからには何かあるんじゃないかと思っていたのだが、すでにスウェーデンでの留学生活を始めてしまっているせいか、どこか想定内というか、そのくせ物価がべらぼうに高いだけ(昨日、先にオスロに到着したふたりが駅のハンバーガーショップに入ってハンバーガーとジュースを頼んだだけで1000円近くしたというにわかには信じがたい話を耳にしたが、実際にその店の値段表にはそう記載されてあったし、その他の物の値段から考えても嘘ではないレベル)、という印象が強かった。

あと三時間でぜひ「ノルウェー」を感じたい。ここに賭けてみようと思ってひとりで向かうはヴァイキング博物館だ。

 

博物館へはバスで行く。バスターミナルの係員に行き方を教えてもらって、バスに乗車。昨日買っておいた24時間乗り放題券がまだ有効だったのは非常にありがたかった。

バスで15分も走ればあっという間に郊外になり、馬や羊のいるふれあい牧場のようなものが見えてくる。その近くの停留所で子供連れの家族がバスを降りていった。

それから5分も走るとヴァイキング博物館前(Vikingskipene)に着くのだが、このあたりはミュージアム密集地になっているようだった。ヴァイキング博物館のほかにも、民俗博物館やコンチキ号博物館の所在を指す標識があった。

白い壁に赤い屋根、建物の周りは花の生えた小さな庭になっていて、建物自体もひっそりとしたたたずまいをしていた。しかし、館内に一歩入るとドーンと大きく立派なヴァイキングシップが目に飛び込んでくる。入場券を買わないと船の近くまで寄って見ることはできないが、そこまで行かずとも見えてしまう大きさなのだ。

 

ヴァイキングシップはすごかった。8世紀~11世紀にかけて世界を席巻、北はノルウェー、スウェーデン、東はカスピ海、西はアメリカニューファンドランド、南はアフリカ大陸北岸にまで勢力を広めた彼らの船は信じられないほど大きく迫力に満ち、遊園地のアトラクション以上に舳先は反り返っていた。

館内には3隻のヴァイキングシップが展示してあり、修復度合いはまちまちである。1隻はかなり損傷しており難破して打ち捨てられたいかだの様に見えなくもないが、その中でも部品の90%以上を発掘し、組み立てにおいても90%の割合で当時の形を再現することに成功したのがOseberg、館内入ってドーンのやつである。

また、当時のヴァイキングたちの風習や生活習慣、身の回り品などが英語、ノルウェー語、ドイツ語の三ヶ国語で展示・説明してある。

船の傍らにはバルコニーのようなものが設置してあり、階段を登って上から船の中を見ることができる。まだ大砲もない時代、船の中を見ても木製の船体、木製の床の上に木製の樽が据えられているだけだが、1000年以上前にこの船に乗った男たちが世界を震え上がらせた様を想像すると非常にわくわくするし、ここまで再現修復できたというのは改めて奇跡に近いことだと思われた。

1000年分のロマンに浸った後、小雨に降られながらバスに乗って再び中央駅に戻る。ここのバスは、トラムの線路のある場所では線路に沿って走るので非常に揺れて少し気分が悪くなった。

バスの出発までまだもう少しあるので、駅のすぐそばにあるオペラハウスに歩いて行ってみる。

独特なフォルム。白いタイルにガラス張りで、カクカクしている。比較的新しく建てられた感じだ。

中に入るとレストランで食事をしている人たちが見られたが、施設そのものがきれいでベンチが置いてあり、またトイレも無料で利用できるということで、少なくとも私が訪れたときは観光客の休憩所という向きが強かった。

カクカクのこの建物は、屋根伝いに登っていくことができる。屋根兼壁の部分がスロープになっていて、そこをよいせよいせと登っていけるのだ。

「滑りやすいので転ばないように」という注意書きをはた目に登る。まだ小雨がぱらついていて、たしかに若干足元に不安を感じる。果たして無事に登り終えると、なかなか良い景色である。

一方には旧市街が見え、一方には海、港に停泊する船も見え、中央駅も見える。小さくカラフルな家並みが見え、凪いだ海があり、近代的な駅ビルがある。

奈良国立博物館のような王宮があり、想いを色に託したムンクのパレットがあり、バスで20分も走れば今を生きる馬や羊に触れることができ、一方で1000年前を生きた人々の遺産を覗くこともできる。それがオスロなのだ。

そもそも、「○○らしさ」を求めるのは観光客のエゴでしかない。そこで一喜一憂するなんてルール違反も甚だしいのかもしれないが、何とか答えを出せてよかった。オスロにはオスロの色がある。「北欧にありがちな街のひとつ」ではない。その土地にはその土地の味わいがある。大切なことに気づけた気がする。

だけど、やっぱり観光客として、もう少し物価が安いほうが嬉しい。

それが私のオスロだ。