月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ

「良いお返事には楓を、良くないお返事には銀杏を、私に送ってくれますか」
彼女はそう言って、燃えるような真っ赤な楓と、 黄金に染まった銀杏の葉を一枚ずつ、彼に渡した。彼がどんな顔をしていたのか、とても見ることはできなかった。ただ彼の指先を覚えている。丁寧に切りそろえてある整った爪と、右手の小指にある小さな火傷のような痕。

あの秋の日はもうなくなってしまった。移ろう季節。来なかった彼からの返事。

 

残酷な冷気が記憶と心を連れ去っていく冬至の日に、彼女は再びあの山を訪れた。街がどれほどイルミネーションに彩られようと、クリスマスムードもここまでは押し寄せて来ない。出会いを求めて参加した紅葉狩りツアー。誰でもいいからと思って出かけたその場所で、かの人を願うようになってしまった。彼が今どこで何をしているか、彼女には知る由もない。ふたりがもう一度巡り会うには、この街は広すぎる。だから彼女は、凍える風に吹かれながら、その山をゆっくりと歩く。日本有数の景観を誇る紅葉の山も、冬の日には重苦しく沈黙している。

彼女は、向かいからひとりの男が歩いてくることに気がついた。その男が、例のツアーに参加していた男であることも。だけど彼は、彼女の願う人ではない。また彼女も、彼の想う人ではなかった。ふたりは少し立ち話をし、そのまま並んで歩いていった。その先に、山の中に忽然と姿を現す荘厳な寺院がある。木造建築の黒茶けた色は、その無骨さを晒し、冬の景色によく似合う。

ふたりは互いに話しながら、この人でも良いのかもしれない理由を探す。そして、誰でも良いと語った自分の嘘を知る。

境内には焚き火が燃えていた。彼女は服のポケットから、色を失いしなやかさを絶やした楓と銀杏の葉を取り出した。これは彼、これはあの日。ゆらゆらと焚き火に向かって落ちた二枚の葉は、そのままゆっくりと焼けていく。彼女の両の瞳は、その炎だけを映し続けた。