月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

LiAR

「橘メグミちゃんで、”Hello, Tomorrow”でしたー!」
司会に促され、フリルだらけのピンク色の衣装をまとった私は、両手でマイクを握りながら深々と頭を下げて「ありがとうございました」と言う。それから一呼吸おいて笑顔を振りまき、お客さんに手を振りながらステージから下りる。デビュー前に、事務所のダンス室で鏡を前に、何度も何度も練習した流れだ。私のことを大好きな男たちが「メグメグー!」と叫びながら、ステージ袖の幕から完全に私が見えなくなるまで、まばたきもせずにこちらを見つめながら手を振っている。

早く舞台袖に下りたい。そんな気持ちを押し隠し、私はなるべくゆっくりとステージを歩き、時に立ち止まりながら男たちに、笑顔と「ありがとう」を送る。スポットライトは私を強く照らし、私の心の奥底さえ浮かび上がらせるのではないかと不安にさせた。

 

名古屋でのインストアライブを終え、私は移動車の中で疲れ果てていた。公式Twitterにイベントの様子を投稿する気にもならない。マネージャーに任せよう。もう何もしたくない。いっそこのまま車でどこかへ連れて行ってほしい。どこか、あの男たちのいるステージ以外の場所へ。しかし、私の知らないメグメグという女は、私とかけ離れたところでますます人気者になっていく。私のために私が笑っていられたのは、いつのことだろう。私の名前を借りた人形が、私の心を宿さぬままに評価され、有名になっていく。

アイドルとはよく言ったものだ。偶像。

規則を破って、半年前に番組で共演した同年代の俳優とこっそり付き合い、そして昨日別れを告げられた。失恋の心の痛みは誰とも共有できず、代わりにケータリングの天むすをフォロワーと共有する滑稽さ。

握手したとき「一生ついていく」と言ってくれたキミ、君のその言葉に偽りはないかしら?ごめんね、でも私は「あなたたちのためにずっと歌い続け」てなんて、いられないよ。