月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

シスター

俺が最後のキッカーだ。4―4となったPK戦、5人目の俺が決めて、県大会優勝を決める。思い出せ、真夏の合宿を。山道を走り、日が沈みボールが見えなくなるまで蹴り続けた日々。変わらぬ24人で、ともに飯を食い、意見をたがわせ、スタメンを争い、恋を打ち明け、夢を語った日々を。俺の後ろに、それはある。一歩、二歩、三歩と、助走をとる。これは、俺とボールとの距離。そして、歓喜と俺たちとの距離。背中にはチームメイトの声援を感じる。ゆっくりと目を閉じて、それから開ける。ゴールキーパーのほうは見ない。その代わり、その後ろに広がる空を見る。きれいな青空だ。深緑と紅葉の狭間に、空はこれほど晴れ渡る。主審が手を挙げ、笛を鳴らす。もう一度目を閉じると、ノブが相手のキックをはじき返した、劇的な1分前の光景が浮かび上がってきた。俺たちは勝てるぜ。そして目を開け、一気にボールに走りこむ。蹴りこむコースは、とっくに決まっている。

 

誠二が、ゆっくりとボールを置く。5人目のキッカー。誠二が決めれば、こっちの勝ち。わたしは今、とても怖い。誠二のかっこいい姿、目に焼き付けたい。わたしは誠二を信じてる。だけど、0%ではない可能性が、わたしを強く怯えさせる。「自信がないのは、練習が足りないからだよ」。そう言った誠二の声と顔を鮮やかに思い出す。「わたしが元気じゃないのは、デートが足りないからだよ」。そう言ってやりたかったけど、誰よりも頑張っている誠二のために言わないでおいた。一歩、二歩、三歩と、助走をとる。誠二は今、何を見て、何を考えているんだろう。わたしのことなんて、考えもしないんだろうな。それでもいい。サッカーをしているときの誠二は特別だから。わたしは、ゆっくりと目を閉じ、そして祈る。祈るとき、どうして人は手を組むのだろう。右手はわたし、左手は誠二。30m先に、祈りよ届け。笛が鳴り、一瞬の後、誠二はボールに走りこむ。