月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

Winding Road

茫漠とした砂漠を思わせる国際線のターミナルには、まだそれほど多くの人はいないようだった。

「パスポート持った?航空券も、大丈夫?」僕の右手を握った彼女が問いかける。薄茶色の混じったミドルの髪。左頬にある3mmほどのホクロ。

「大丈夫、完璧」パスポートを忘れて出国が遅れるなんてことになったら、留学先の先生に笑われる。そんなことを考えながら僕は答えた。彼女の左手は、僕の右手よりも少しだけ冷たい。「心が温かいからよ」。彼女はいつも、そんなつまらない冗談を言っては、僕をホッとさせてくれる。いつの間にか近くにあった彼女との日常に起きる一年の空白。僕らはそして、どうなるのだろう。

僕らはゆっくり、まっすぐに保安検査場へ歩いていく。

「緊張する?」と彼女が言った。「わたしは少し緊張してる」と言った。

僕は彼女の声が好きだから、もっと話してくれればいいのにと思った。このまま黙っていれば、君の声を聞けるだろうか。

 

高校の修学旅行、そのバスの中で彼女に出会った。蛇行した山道にすっかり酔ってしまった僕を、通路を挟んで隣にいた彼女が介抱してくれたのだ。

「少し気になってたから、チャンスだと思ったのよ」彼女に後から聞いた話だ。僕の気がまぎれ、体調が良くなるように気遣ってくれた。永遠を感じる山道に揺られながら、僕は彼女の声を好きだと思った。

 

「緊張はしてないけど、少し寂しいかな」そう言って僕は、彼女の足下を見た。ネイビーのパンプスは、空港のツルツルした床を丁寧に歩いている。

「わたしも」彼女は手短にそう言った。僕は彼女の声が聞きたいのに。

「俺が修学旅行のバスで酔ってふらふらだったとき話してくれた話、もう一回してくれない?」と僕は尋ねた。彼女は久しぶりにこっちを見て、懐かしいわね、という顔をした。そして、

「いいよ」と言った。そして、

「その前にキスしていい?」と言った。

 

上空1万メートル。あれはもう10時間も前のことだ。