月夜の留守番電話

外国旅行記と小説。

Love, too Death, too

「世界中の富を集中させた1930年代のアメリカに、こんな牧歌的な風景が広がっているとはね」と、イギリスからやってくる彼女の親族がよく言ったものだ。

一面に広がる草原の中で、数頭の馬と羊が草を食み、チチチと鳥が鳴き交わす声以外には、シロツメクサを揺らす風の音しか聞こえないオクラホマのこの家では、エリーとその母が暮らしている。
25歳になったエリーは誕生日に、それまで貯めてきたお金を使い、馬車を雇って街へ出かけ、自分専用の机と椅子を買ってきた。彼女はそこで本を読み、ものを書き、編み物をすることができる。
白髪の、年齢のわからない老人から買ってきた、いつ作られたのかわからないような年代物の机を、エリーは家に帰ってから隅々まで拭いていく。その古ぼけた机には、へこみやインク跡がついており、ひとつだけついている引き出しには、かつて鍵がついていたであろう痕跡が疵になって残っていた。その引き出しを開けて中まで丁寧に拭いていると、一片の紙がエリーの手に触った。

書庫のようなにおいのする、黄ばんでちぎれた紙片には、所々かすれて読めない黒インクの、男の子が書いたような筆跡で、次のような文字が読めた。

 

Expi*t* your l*ve by **ur de*th

All *ou ********** embrace

Love, to* Death, t*o

 

午後の陽が陰り、少し薄暗くなった手元の紙片をじっと見つめながら、この詩を書いたであろう少年を想像する。茶色い巻き毛の、碧い瞳と真っ赤な唇が美しい少年。ひとりの少女に恋をし、その恋に破れた少年。張り裂けそうな想いを抱え、その全てを一本のペンに託した少年。

エリーは彼を、滑稽だとは思わない。擦り切れたその紙と文字に、彼の記憶が今も残っている気がするから。引き出しの中に隠し続けた彼の秘密に、彼の存在理由が宿っている気がするから。

紙片を引き出しの中に戻し、机の前に椅子を据えて夕げの支度に取り掛かりはじめたエリーは、引き出しの裏に小さく細く、Dear Ellieと刻まれていることをまだ知らない。